第49話 ここが……辺境、だと……?
「すごい……なんだこのふかふかの椅子は……!」
「あたたかい……死なずに済むんだ……」
キャンピングカーの車内では、先ほどまで凍えていた難民たちが身の丈に合わない高級ソファに沈み込みながら、配給された温かいスープを両手で包み込んでむせび泣いていた。
「おかわりはたっぷりありますから、ゆっくり召し上がってくださいね」
メイドたちが手際よく立ち回り、五百人の難民たちに次々と食料と毛布を配っていく。
外は極寒の雪原だというのに、アリスが展開した結界と空調のおかげで、車内は春の陽だまりのように心地よい。
そして何より異常なのは、その乗り心地だった。
「信じられませんわ……あれほど巨大な車輪で雪原を爆走しているというのに、どうして揺れ一つないんですの……?」
ヴィクトリア様が、テーブルに置かれたティーカップをまじまじと見つめる。
荒野を走っているにもかかわらず、衝撃をすっかり吸収しているため、紅茶の液面はミリ単位すら揺れない。
「乗り心地の良さは、馬車選びの基本ですからね」
私が優雅に紅茶をすすると、ヴィクトリア様は盛大にため息をついた。
「馬車の次元を超えていますわ! だいたい、なんで移動中の車内にシャンデリアが輝いていますの!?」
突如として、激しい咆哮が空気を震わせた。
「グルアァァァァァッ!!」
道中、人間の気配を嗅ぎつけた数千の魔物の群れが、要塞に向かって四方八方から突撃してきた。
雪煙を上げて迫り来る異形の群れに、窓の外を見ていた貴族たちが悲鳴を上げる。
「ひぃぃっ! スノウウルフの群れだ!」
「あれほどの数に群らがられたら、いくら巨大な馬車でもひとたまりも……っ!」
しかし。
——ピチューンッ! ズガァァァン!
「えっ……?」
貴族たちの悲鳴が、間の抜けた声に変わる。
側面に生え出た魔力砲身が火を吹き、魔物の群れは、ことごとく光の粒子となって蒸発していく。
窓の向こうで、凶悪な魔物たちが成すすべもなく次々と塵に変貌していく光景が、繰り広げられていた。
「あら。窓の外で時々フラッシュが焚かれているみたい。とってもきれいね」
「キャンピングカーに備えつけの『電撃殺虫器』ですわ、お姉様っ♡」
クロエが満面の笑みで、新しい紅茶の葉をポットに淹れながら答える。
「夏場には必須のアイテムです」
「規模がおかしいですわよ……っ!」
ヴィクトリア様が頭を抱え、マダム先生は「……もはやツッコミを入れることすら無作法に思えてきました」と静かに目を伏せ、現実逃避を極める。
一切の揺れも、魔物の脅威も感じることなく。ただ優雅なティータイムを楽しんでいるあいだに。
私たちは無事に、ボレアス領の巨大な城壁の前へと到着した。
ズゥゥゥン……と重たい音を立てて、防壁の門がゆっくりと開く。
中へ足を踏み入れた難民や旧王都の貴族たちは、馬車の窓から外を見て、全員がまばたきを忘れた。
「な、なんだこれは……」
ルイス侯爵が窓ガラスにすがりつくようにして、震える声を漏らした。
どこまでも続く、黄金色の麦畑。
美しく舗装された道路に、笑顔で行き交う、活気に満ちた領民たち。
魔法と最新技術が見事に調和した、かつての王都すら比較にならないほどの規格外の近代都市が、眼前に広がっていた。
「ここが……辺境、だと……?」
「我々がかつて『何もない』と嘲笑った地が……一年経たずにこれほどまで発展するのか……っ!」
ルイス侯爵をはじめとする貴族たちが、あふれんばかりの豊かさと平和な光景に、涙を流して崩れ落ちる。
「さあ、着いたわ。ここが私たちの家よ」
私は窓の外の景色を見つめながら、アリスとクロエに向かって微笑んだ。
アリスとクロエは、私の笑顔を見つめ、胸がいっぱいになったような幸福感に顔を赤く染めている。
こうして、旧王都の難民受け入れという大事業は、私たちの『お出かけピクニック』として大成功の内に幕を閉じる。
明日からは、新しい家族たちを迎えた、ボレアス領のさらに賑やかで狂気に満ちた日常が始まるのだ。




