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第46話 ピクニックですわ。

 アリスさんが小旗を指揮棒のように振って、パチンと小気味よく指先を鳴らす。


 次の瞬間、純白のパラソルとガーデンテーブルを包み込むように、淡く発光する光のドームが大きく広がった。


 凍てつく風が遮断され、春の陽だまりのような温かな空気が結界の内側を満たしていく。


 ティーカップを置いた私は、自分たちを見捨てて逃げたアルベルト陛下たちを前に呆然と立ち尽くしている一同へと視線を向けた。


「皆様も立ちっぱなしでは疲れてしまいますわ。さあ、結界の中へどうぞ。お茶の用意もございますよ」


 私が花ほころぶような笑顔で手招きをする。


 泥と疲労で顔を汚した難民たちが恐る恐る結界へ足を踏み入れると、体の芯まで冷え切っていた寒さが嘘のように消え去った。


「おお……温かい……! 辺境の地より駆けつけてくださった救世主様、ありがとうございます……っ!」


「我らのジャンヌ・ダルク、ヴィクトリア様にも安息の場所が……っ! おお、神よ!」


 難民たちが涙を流して地面に伏し、狂信的な祈りを捧げ始める。


「皆様、騒がず順番に結界へ入りなさい。……セレスティア様、お言葉に甘えさせていただきます」


 マダム先生が厳格な声で場をまとめながらも、深い安堵の息をついて一礼した。


「ええ、当然ですわ! わたくしが……じゃなくて、セレスティアが用意した特等席ですのよ!」


 ドレスの裾を優雅に払うマダム先生に続き、ヴィクトリア様が大股で結界内へ飛び込んでくる。


 改心したモブ貴族たちも、難民たちと身を寄せ合いながら温かな光のドームに安堵の息を吐いた。


「アリスさん、席の誘導を」


「はーい! 難民の皆様、こちらへどうぞー! 順番に温かい特等席へご案内いたしまーす! あ、元貴族の皆様は、お姉様への過去の非礼を各自心の中で猛省しながら、端っこの方で小さくなって座ってくださいねー!」


「す、すぐに猛省いたします……!」


 アリスさんの容赦ない案内に、モブ貴族たちが縮こまって地面にペタンと座る。


 全員が収まったのを確認し、クロエがリュックサックから両手サイズの小さなレッドドラゴン――通称『卓上コンロ』を取り出した。


「さあ、点火なさい」


 クロエが淡々と命じると、ミニドラゴンは怯えたように震えながら、チロチロと安定した青赤い炎を吐き出し始める。


 その炎の上に真っ黒な鉄板が置かれ、さらに赤竜のぶ厚い肉の塊が躊躇なく乗せられた。


 ジュウゥゥゥゥッ!


 暴力的なまでの破裂音が、旧王都の跡地に響き渡る。


 分厚い赤身から溢れ出した上質な脂が鉄板の上でダンスを踊り、ミニドラゴンの炎に落ちては香ばしい煙を立ち昇らせる。


 クロエが手際よく塩と粗挽きの香辛料を振りかけると、胃袋を直接鷲掴みにするような、たまらない肉の香りが結界内を満たした。


「聖女様、パンの準備を。遅れればお嬢様をお待たせすることになりますよ」


「言われなくても用意していますわ、メイドさん! 私の魔法で温めた、焼き立てふかふかの特製ブレッドですっ!」


 二人はバチバチと視線で火花を散らしながら、一瞬の淀みもなくサンドイッチを完成させる。


「お嬢様、肉汁が滴る特製サンドイッチをご用意いたしました。どうぞ」


「ありがとうございます。とても美味しそうですね」


 クロエから手渡されたサンドイッチを、私は優雅な所作で小さく口へ運んだ。


 その暴力的なまでに香ばしい肉の匂いは、光の結界をあっさりとすり抜け――水浸しの純金の噴水の底でガタガタと震えるアルベルト陛下たちの鼻腔を、容赦なく殴りつけた。


「あ……あぁっ……肉、肉の匂いだ……!」


 飢餓と寒さの極限状態にあったアルベルト陛下が、泥水の中から血走った目を剥き出しにする。


 自分たちが見捨てたはずの難民や部下たちが、温かい光の中で分厚い肉を囲んでいる。


 その信じがたい光景に、旧王族と重役貴族たちは狂乱した。


「肉だ! 一口でいいから我々にも食わせろォォッ!」


「開けなさい! 私は王妃よ! その肉をすべてこちらへ差し出しなさい!」


 アルベルト陛下とイザベラ様が泥まみれの手で光の結界にすがりつき、バンバンと乱暴に叩きながら泣き叫ぶ。


 よだれと鼻水を垂れ流し、結界の表面に顔をこすりつけながらガリガリと爪を立てていた。


 すぐ目の前で繰り広げられる飢餓の絶叫。


 しかし、私は咀嚼を終えると、穏やかに微笑んでアルベルト陛下たちを見つめた。


「ダイエット中の皆様の邪魔をしては悪いですわね。私たちは気にせず、ゆっくりお食事を楽しみましょう」


「……見事な手際ですね。王宮の料理長すら凌駕する焼き加減です」


 マダム先生が静かに紅茶のカップを傾ける。


「わたくしは絶賛ダイエット中ですのに、こんなに美味しいお肉を焼くなんて反則ですわーッ! ……っ、あぁん、お肉が口の中でとろけますわーッ!」


 ヴィクトリア様が涙を流しながら、赤竜の肉を物凄い勢いで頬張っている。


「火力を上げなさい。お嬢様のおかわりと、そこのふくよかな方の分を焼きます」


 クロエが冷徹な視線を送ると、ミニドラゴンがビクッと身をすくませ、必死に炎の勢いを強める。


 結界を叩き割らんばかりのアルベルト陛下たちの絶叫は、肉の爆ぜる音、私たちの賑やかな掛け合い、そして難民たちの「美味い、美味すぎる……!」という感動の涙声にかき消され、誰の耳にも届かない。


 温かな光の中でサンドイッチの味に舌鼓を打つ私たちと、冷たい泥水の中で飢えに狂う旧王族たち。


 旧王都の跡地に、決して交わることのない残酷な格差のピクニックが、賑やかな声を伴って広がっていた。

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