第45話 王城地下牢でございまーす!
旧王都の石畳の上を進む。
アリスさんが光り輝く小旗をふりふりと揺らしながら先頭を歩き、バスガイドさながらのノリノリなトーンで声を張り上げた。
「皆様! 次に見えてまいりましたのは、かつてお姉様がバカ王子の尻拭いのために三日三晩閉じ込められ、睡眠時間わずか二時間で裏帳簿の計算を強いられた血と涙のブラック労働施設、『王城地下牢(跡地)』でございまーす!」
その陽気な案内が終わるコンマ一秒前。
アリスさんとクロエの指先が、ほんの微かに動いた。
私を苦しめた分厚い鉄格子がチリ一つ残さず空間から消し飛ぶ。
何もない虚空から眩いばかりの純金のパーツがスルスルと滑り出し、滑らかに絡み合い、音もなく組み上がっていく。
瞬きをする間に、陰惨な地下牢は『純金の巨大噴水』へと姿を変えていた。
ザバァァァッ!
金色の装飾から、天高く勢いよく水が噴き上がる。
大量の水が滝のように降り注ぐ噴水の底――かつての地下牢の床には、旧国王アルベルト陛下、旧王妃イザベラ様、そして重役貴族たちが、ずぶ濡れになってうずくまっていた。
青ざめた唇からガタガタと歯の根が合わない音を鳴らし、国民を見捨てて逃げ込んでいた最高権力者たちが身を寄せ合っている。
「おのれセレスティア! 許してやるから今すぐ我々を助け出し、温かい食料を出せ!」
アルベルト陛下が血走った目を剥き出しにし、喉が裂けんばかりの絶叫を上げた。
アリスさんとクロエが言葉を返す間もなく、コンマ一秒のスマッシュカット。
無音。
噴水の手前には、純白のパラソルが開いていた。
ふかふかのクッションが敷かれたチェアに私が腰を下ろす。
「お姉様、お口直しに甘いマカロンをどうぞっ」
「抜け駆けはずるいですわ聖女様。お嬢様、私特製のクロテッドクリームを添えたスコーンをご用意いたしました」
アリスさんとクロエが、私の左右からバチッと物理的な火花を散らしながらお茶菓子を差し出してくる。
「ふふっ、ありがとう。二人とも仲良しで嬉しいわ」
私が微笑みながら琥珀色の紅茶を一口飲む。
背後では、厚手の防寒コートを着込んだヴィクトリア様やマダム先生、難民たちが立ち尽くしていた。
「……素晴らしい香りですね。王都でも滅多にお目にかかれない、初摘みのダージリンです」
「マダム先生! 泥水の中で陛下たちが震えておりますのに、現実逃避して優雅にお茶を飲まないでくださいませーッ!」
「あら、お茶菓子ならあちらのお二人が山ほど持っていますわよ?」
「そういう問題ではありませんわ!」
マダム先生が静かにティーカップに口をつけ、ヴィクトリア様が喉をゴクリと鳴らしながらツッコミを入れている。
私は優雅にティーカップを傾け、飢えと寒さで頬が痩せこけ、水浸しになって震えるアルベルト陛下たちを見下ろした。
「あら、アルベルト陛下。ごきげんよう」
「お、おお! さっさとその温かい茶と菓子を……!」
「こんな冷たい噴水の中で水浴びだなんて……もしかして、流行りの寒中水泳ダイエットですか?」
「……は?」
私は、純粋な尊敬の念を込めて無邪気に微笑んだ。
「素晴らしい向上心ですね。随分とスリムになられて……私、皆様のそのストイックなお姿に感動いたしましたわ」
「ち、ちが……! 腹が減って……寒くて……!」
「皆様のお邪魔をしてはいけませんね。さあ、アリスさん、クロエ。私たちも静かに応援しましょう。ファイトです、陛下!」
「話を聞けぇぇぇぇっ!!」
「まあ、そんなに大声を出しては喉が渇きますよ? 水分補給なら、その噴水のお水がたくさんありますのに」
「この泥水を飲めと言うのかァァッ!!」
泥水に塗れた悲痛な叫びも、かつての権力に縋る傲慢な命令も。
私の何気ない気遣いに遮られ、澄み切った旧王都の空に虚しく響き渡る。




