第43話 旧王都観光ツアーへ出発しました。
「さあ、皆さん。はぐれないようについてきてくださいねー」
地下シェルターの階段を上りきり、私は地上へと足を踏み出した。
背後には、ルイス侯爵をはじめとする改心した旧王都の貴族たちや、保護した数百人の難民の方々。そして足元には、先ほど「火起こし係」として雇用契約を結んだばかりの赤いトカゲさんが、尻尾に弱火を灯しながらプルプルと震えてトコトコついてきている。
外の空気はひんやりと冷たい。先日の猛吹雪と、トカゲさんがはしゃいだ時の熱波のせいで、積もった雪がドロドロに溶けて瓦礫と混ざり合っている。
雪解けで随分と足元が悪いわね。靴が汚れてしまうかもしれないけれど、これもピクニックの醍醐味だわ。そう覚悟を決めて、私は最初の一歩を踏み出す。
フカッ。
足の裏に、ふかふかとした心地よい感触が伝わってきた。
「あら?」
視線を落とすと、足元には分厚いベルベット生地で作られた真っ赤な絨毯が敷き詰められている。
そればかりか。私が一歩足を踏み出すコンマ一秒前。
シュンッ! ズバァァァン!
空気を切り裂く音と共に、前方に積み上がっていた瓦礫の山が、チリ一つ残さず消滅していく。
同時に、空中で編み込まれた赤い絨毯が、私の歩幅に寸分違わぬタイミングでスルスルと展開されていく。
先頭を歩くアリスさんが、指先から魔法で作った『小さな光のガイド小旗』をパタパタと振りながら、くるりと振り返った。
「皆様、右手をご覧ください! つい今しがた邪魔な瓦礫が塵となって消え去り、見晴らしの良い空き地が完成いたしましたっ♡ お姉様、足元にお気をつけて進んでくださいねっ!」
「左手からの飛来物……いえ、強風にもご注意を。お嬢様の歩む道は、私たちが安全圏に舗装してご覧に入れますわ」
クロエもまた、見えない暗器にこびりついた魔物の血を背後でこっそり払いながら、完璧なツアーコンダクターの笑顔を向けてくる。
二人の服には、なぜか得体の知れない泥が飛び散っているが、私の歩く道はどこまでも平坦でふかふかだった。
「まあ。随分と歩きやすく整備されているのね」
私は感心して頷き、優雅に歩みを進めた。アリスさんたちのガイドのおかげで、ピクニックには良いコンディションね。
***
しばらく歩くと、アリスさんが光のガイド小旗をピシッと前に向けた。
「さて皆様、正面に見えてまいりましたのが、かつての【冤罪の大階段】跡地でございます!」
ここは大理石で作られた、権威の象徴とも言える巨大な階段だったはずだ。しかし、目の前には階段など存在しなかった。
バキィィィィンッ!
アリスさんの指先が光ったかと思うと、残っていた大理石の破片が音もなく粉砕され、なだらかなスロープへと姿を変える。そこにすかさず、クロエが赤い絨毯を敷き詰める。
「はい、段差にご注意くださいませ。……スロープへと改装済みでございます」
「あら、バリアフリーで歩きやすいわね」
段差がなくなった親切な道に、私は心から感心して微笑んだ。
私が何気なく呟いた一言が、背後を歩くルイス侯爵の足をピタリと止めさせた。
ルイス侯爵は、かつて私を嘲笑っていたバカ王子の側近の一人だったが、今ではすっかり改心して真面目な青年になっている。エリート官僚上がりだからか、少し物事を難しく考えすぎるきらいがあるけれど。
「特権階級の象徴であった大階段を平らに均し……『バリアフリー』と呼んだ……ッ!」
ルイス侯爵の口から、うわ言のような呟きが漏れる。
「そういうことか……。セレスティア様は、我々貴族に対して『自らが泥に塗れ、平民のための道となれ』と仰っているのだ!」
何を一人で納得しているのかは分からないが、ルイス侯爵は突然、自分が着ていた防寒コートをバサリと脱ぎ捨てた。
そして、赤い絨毯の横、ぬかるんだ泥濘のど真ん中に、脱いだばかりのコートを躊躇いなく敷いた。
「さあ平民たちよ! 躊躇うな! 私の上着を踏んで泥を避け、共に歩むのだ!」
「ル、ルイス侯爵様……ッ!」
難民たちが感極まった声を上げる。
すると、ルイス侯爵に触発された他の貴族たちまでもが、次々と熱狂した声を上げ始めた。
「我々も、セレスティア様の示されたバリアフリーに貢献せねば!」
「続け! 泥の道を我々の服で塞ぐのだ!」
バサッ、バサァッ!
次々と仕立ての良い上着やマントが宙を舞い、泥の上に敷き詰められていく。
「ちょっとあなたたち! 紳士たるもの、人前で上着を脱ぐなど言語道断です! 小指の角度以前の問題ですわよ!」
マダム先生が眉を吊り上げ、愛用の扇子を振り回して激怒している。しかし、謎の使命感に燃え上がり、寒空の下で次々と薄着になっていく貴族たちの耳には全く届いていない。
ヴィクトリア様も「いや、どういう極論よ……」と頭を抱えている。
「あらあら」
私は背後を振り返り、次々と服を脱ぎ捨てる集団と、激怒するマダム先生に目を細めた。
「みんな、少し歩いただけで暑くなって上着を脱いだのね。元気なのはいいけれど、道にポイ捨てするのはお行儀が悪いわ。先生の言うこともちゃんと聞かないとダメよ」
ピクニックでテンションが上がるのは分かるけれど、引率の先生を困らせてはいけないわ。
私は少しだけ呆れながらも、再び前を向いて優雅に歩き出した。
アリスさんの振る光のガイド小旗と、私の歩幅に合わせて、赤い絨毯はどこまでも平坦に伸びていく。




