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第42話 マナー講座と血の契約ですわ。

 地下シェルターの崩落した岩盤の上で、私の優雅なお茶会は再開された。


 銀のトレイの横には、中型犬サイズにまで縮んだ赤いトカゲさんがちょこんと丸まっている。

 自ら引きちぎった尻尾の肉を、口からチロチロと吐き出す小さな炎で丁寧に炙っていた。

 ポタ、ポタと滴り落ちた肉の脂が下敷きになった瓦礫に当たり、ジュゥゥッという食欲をそそる音と香ばしい煙を上げる。


 それだけでなく、トカゲさんは尻尾の炎で私の手元を明るく照らし、喉の奥をゴロゴロと鳴らして、重低音の心地よいリズムまで奏でていた。私がグラスを傾けるペースに合わせて、ゴロ、ゴロ、と鳴動のテンポが変わる。とても気が利く火起こし係兼、楽器だった。


「お嬢様が愛でる客人なのですから。貴方たち、食事の作法は厳守しなさい」


 クロエが冷ややかな声で告げると同時に、アリスがドロドロに溶けた岩盤の海へ手をかざした。

 熱を奪われたマグマが瞬時に硬化し、まるで薄氷のような美しい細工のシャンパングラスや取り皿へと変貌を遂げる。

 アリスはどこからともなく取り出した年代物の赤ワインと香草を煮詰め、焼き上がったお肉にたっぷりと回しかけた。芳醇な香りが地下空間を満たす。


「さあ、皆さんも冷めないうちにどうぞ。お肉はたくさんありますから」


 私が微笑みかけると、壁際でガタガタと震えていた難民や貴族たちが、恐る恐るお皿を受け取った。

 三日三晩まともな食事をとっておらず、ドレスも燕尾服も泥と血で汚れきっている。


 若き伯爵が、震える手で肉片を口に運んだ。

 滴る肉汁とワインの酸味が舌の上で溶け合い、直後、伯爵の全身を淡い光が包み込む。

 崩落で折れていたはずの左腕が、ポキ、ポキッ、と自ら正しい位置に戻り、擦り傷ひとつ残さず塞がってしまった。


「あ、あぁ……なんという……」

「体が、熱い……っ!」


 周囲の難民たちも次々と肉を飲み込み、歓喜の声を上げそうになる。

 飢餓と疲労の極限状態から、過剰なまでの生命力が内臓を満たしていく。奇声を上げて踊り狂ってもおかしくないほどのバフが難民たちを襲っていた。


「貴方たち!!」


 びくっ、と難民たちの肩が跳ねた。

 声の主は、マダム先生だった。竜肉の恩恵でボロボロだった体力が全快した老淑女は、ドレスの泥汚れなど気にも留めず、かつて私を震え上がらせた『王妃教育の鬼教官』の顔で立ち上がっていた。


「セレスティア様がこれほど見事なお茶会を主催してくださっているのに、その下品な振る舞いは何事ですか! 背筋を伸ばしなさい! ドラゴンが給仕している程度でグラスを持つ手を震わせるなど、淑女と紳士の風上にも置けません!」


 ビシィッ! と扇子が空を切る。

 泥まみれの難民と貴族たちに対し、極限状態での『地獄のスパルタ・マナー講座』が突如として開講された。


「カップの持ち方が違います! 小指の角度! 微笑みの口角は三ミリ上げなさい!」


 竜肉の超回復力と、マダム先生の容赦ない指導。

 この二つが化学反応を起こし、難民たちは異常な速度で『貴族マナー』を強制インストールされていく。


「お、おほほ……本日のドラゴンの炎は、一段とロマンチックですわね」

「ええ……この瓦礫の配置も、アバンギャルドで大変素晴らしいですわ」


 数分後。

 そこには、泥と血に塗れたボロボロの姿のまま、無理やり小指を立てて優雅に微笑み合う限界セレブたちの姿があった。


「皆さま、目を覚まして! 絶対におかしいですわ! ドラゴンが肉を焼いているんですのよ!?」


 ただ一人、必死にツッコミを入れていたヴィクトリア様のおでこを、マダム先生の扇子がペチッと叩く。


「ヴィクトリア様! 淑女たるもの、お茶会で大声を出さない!」

「あら、ヴィクトリア様もあ〜ん、して?」


 私がフォークに刺したお肉をそっと差し入れると。

 肉の旨味が広がった瞬間、ヴィクトリア様の瞳孔がカッと開いた。


「美味しい……っ! 悔しいですけど細胞が喜んでますわ! でも、やっぱりこんな瓦礫の上でドラゴンが給仕するお茶会なんて、絶対におかしいですわーーっ!!」


 ヴィクトリア様は鼻水と涙を流し、極上の肉を咀嚼しながら叫び続けていた。

 私は「ええ、そうですわね」と相槌を打ちながら、ドレス越しにふくよかなお腹をペチペチと叩く。


「今日のヴィクトリア様は、一段と弾力があって感触が良いわね。アリス、クロエ、素敵なお茶会にしてくれてありがとう」


 労いの言葉をかけ、二人の頭を優しく撫でてやると。

 アリスとクロエは、無表情のまま、ツーッと鼻から赤い血を流した。

 そして、私の両手をスッと握りしめ、自らの頬に強く押し当ててくる。


「……お嬢様。これしきの奉仕では、まだ私どもの忠誠を示しきれておりません。どうか、もっと……もっと私どもに触れてください」

「ええ……お嬢様の温もりで、私どもを染め上げてくださいませ……」


 熱に浮かされたような二人に、私は「ふふ、甘えん坊さんね」と微笑んだ。

 その時だった。


『ギ、ギィィ……ッ!?』


 横で肉を焼いていたトカゲさんが、全身の鱗を逆立ててガクガクと震え出した。

 私にすり寄る二人から漏れ出すどす黒いオーラにあてられたのか、白目を剥いて泡を吹きかけている。

 トカゲさんは震える爪で自らの腕を切り裂くと、空中に血で禍々しい魔法陣を描き出した。

 前足を交差させて深く頭を下げ、涙目でその血の陣を私に押し付けてくる。


「あら、正式な雇用契約をご希望なのね。働き者で偉いわ」


 私は提示された陣に、ポンと指先で触れた。

 福利厚生は出ないけれど、これでトカゲさんは正式に私の火起こし係だ。

 血の契約が結ばれた瞬間、トカゲさんはガクッと膝から崩れ落ち、安堵したように口から青白い完全燃焼の弱火を吐き出し始めた。


「お代わりはいかがですか、ヴィクトリア様。マダム先生も」

「ヒグッ……お肉、最高ですわぁぁっ!」

「背筋! 小指! 肉汁をドレスにこぼさない!」


 ビシィッ! と扇子の音がシェルターに響き渡る。

 泥まみれの難民たちが白目を剥いて優雅に微笑み合う中、私たちの素晴らしいティータイムは静かに更けていった。

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