第38話 地下シェルターの自称・悪役令嬢。魂の叫びですわ!
「……ヴィクトリア様。あなた、そのお体はどうされたのですか」
旧王都の地下シェルターへ到着した私は、王立学園時代の友人であるヴィクトリアの姿を見て息を呑んだ。
かつて燃えるような赤髪の縦ロールを揺らし、スレンダーな体躯で高飛車に笑っていた面影は薄い。
現在のヴィクトリアは全体的に丸みを帯び、見事なまでのワガママボディへと変貌を遂げている。
「わ、わたくしだって『こんな国こちらから願い下げですわ!』って華麗に追放されたかったですわーッ! 」
ヴィクトリアがビシッと私に指を突きつけて絶叫する。
その指先も、以前よりふっくらと丸みを帯びていた。
私はたまらず、目頭を押さえた。
ああ、なんて可哀想な子……!
過酷な避難生活と、いつ魔物に襲われるか分からない極限のストレス。
難民たちを守るため、その小さな肩に重責を背負い、寝る間も惜しんで働いていたに違いない。
「まあ、キャンプ(追放)に誘わなくてごめんなさいね。それにしても、過酷な環境での過労とストレスで、こんなに『ふくよか』になってしまって……!」
「ふ、ふくよか!?わたくし、 太った!? 」
「悪役令嬢たるもの、そのふくよかさは許されませんわ!」
私は扇子をピシャリと閉じ、ヴィクトリアの言葉を力強く遮った。
献身と自己犠牲の証である、この痛ましい「ふくよかさ」。
私の手で、しっかり癒やしてあげなくては。
「アリスさん、クロエ。少し準備を手伝ってちょうだい」
「はいっ! お姉様!」
「畏まりました、お嬢様」
***
数分後。
地下シェルターの奥の小部屋に、即席の施術台が用意された。
「さあ、ヴィクトリア様。横になって力を抜いてくださいませ。王妃教育仕込みの『リンパ流し&骨格矯正エステ』で、そのお疲れとストレスをすべて取り除いて差し上げますわ」
「えっ? ちょ、ちょっと待ちなさい! わたくしは別に疲れてなど——」
私は有無を言わさず、ヴィクトリアの背中に両手を乗せた。
全身の体重を乗せ、滞った老廃物を一気に押し流すべく、指の関節を深く沈み込ませる。
「ンンンンンアッピィィィィィッ!!」
ヴィクトリアの絶叫が、シェルター内に響き渡った。
「ふふっ、かなり老廃物が溜まっているようですね。少し痛みますが、すぐに楽になりますからね」
「ギッ、ガァァァァッ! 骨が、骨が曲がってはいけない方向にィィッ!」
部屋の外では、難民モブたちが固唾を飲んで見守っている。
「おお……我らのジャンヌ・ダルクたる聖女ヴィクトリア様が、自らを高めるためにあのような過酷な修行を……!」
「我々のために、痛みに耐えてくださっているのだ!」
難民たちが涙を流して祈りを捧げる中。
私は親友の痛ましいふくよかさを解消するため、額に汗を浮かべながら、ひたすらにスパルタ・エステティックを執行し続けた。
***
「ふう……見事な仕上がりですわ。ヴィクトリア様、お加減はいかがかしら?」
施術台に横たわるヴィクトリアは白目を剥いて口から魂を吐き出しかけていたが、やがてゆっくりと身を起こした。
「あ、あぁぁぁ……体が……宙に浮きそうですわぁぁ……」
ヴィクトリアの肌は艶やかに輝き、頬には健康的な赤みが差している。
ただ一つ誤算があるとすれば、彼女の「ふくよかさ」が全く解消されていなかったことだ。
だが、私の指先は確かに感じ取っていた。
これは、ただ太っているのではない。
滞っていた老廃物が限界まで押し流された結果、彼女の肉体を構成する水分と脂肪が、重力をものともしない未知の弾力へと再構築されている。
王家秘伝のエステが導き出した、まさに人体の未知なる到達点……!
「まあ……なんて素晴らしい仕上がりでしょう!」
私はたまらず、ヴィクトリアの豊満な胸元へと顔を埋めた。
——ふかっ。
そこは、天国だった。
ボレアスの最高級羽毛布団すら凌駕する包容力。私の顔の輪郭に合わせて沈み込み、フワリと優しく反発してくる。
これはハミィでは絶対に味わえない、生命の温もりを伴った究極のクッションだ。
「すりすり……ああ、ヴィクトリア様。あなたの献身の証は、こんなにも温かくて柔らかいのですね……」
「ひゃうっ!? ちょ、セレスティア!? 何を顔を擦り付けて……あはっ、くすぐったいですわーッ!」
私が至福の癒やしを堪能していると、背後で空気がバチバチと焦げる音がした。
「お姉様の神聖なお顔が、そんな醜い肉塊に……ッ! 細胞レベルで蒸発しなさいッ!!」
「お嬢様を癒やす特等席は私の……ッ。その無駄な脂肪、すべて微塵切りにして削ぎ落とします」
アリスさんの指先から極太の光の束が、クロエの指から無数の鋼糸が、ヴィクトリアの背中へと一直線に向かっていく。
二人は、あまりに美しいヴィクトリアの新しい体をお祝いしてくれているのだろう。
——ぽよんっ。
だが、光の魔法も、音もなく迫った暗器も、ヴィクトリアの背中に触れた瞬間に明後日の方向へと跳ね返された。
マシュマロボディは、あらゆる衝撃を吸収し、無効化してしまった。
「あ〜〜〜っ、肩の凝りがぽかぽかして気持ちいいですわ〜〜〜!」
当のヴィクトリアは直撃した魔法の余波すらマッサージの延長だと思っているらしく、だらしなく顔を綻ばせている。
私はフカフカの胸元に顔を埋めたまま、後ろで固まっているアリスさんとクロエに声をかけた。
「二人とも、ありがとう。でも、少しはしゃぎすぎよ。室内で光の演出は眩しすぎるわ」




