第37話 マシュマロ・自称・悪役令嬢登場ですわ。
「ん……よく眠れたわ。雪原の朝は清々しいわね」
私はテントのフラップを開け、朝日を浴びて大きく背伸びをした。
「お待ちしておりました……! 旧王都より手紙をお届けした、兵士のカイルと申します! おお……あなたが、ボレアスからの救援陣の御方……!」
雪原に深く膝をつき、感極まった声を出したのは、若き兵士だった。
その鎧は無残にひび割れ、顔や手足は無数の傷と凍傷でボロボロになっている。死線を越えて猛吹雪の中を歩き抜いてきたことが一目でわかる痛々しい姿だ。
「ええ、お手紙ご苦労様。お迎えありがとう。お怪我は後で手当てしましょうね」
私が微笑んだ直後。
背後のテントから、鼻血まみれになったアリスとクロエがズルズルと這い出てきた。
「お、お姉様の……ぬくもり……」
「お嬢様の……すーはー、すーはー……」
二人はうわ言のように呟きながら、白目を剥いて雪の上に倒れ伏した。
昨夜は寒かったから、少し風邪を引かせてしまったのかもしれないわ。
カイルがハッと目を見開いた。
彼の瞳から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。彼はそのまま、深く頭を雪の積もる地面に擦りつけた。
「ああ……まさか、死骸すら残さず一晩で夜襲の魔物をチリにして、ご自身たちもこれほどのダメージを……! こ、この御恩、生涯忘れません! どうか、我々をシェルターへとお導きください!」
「え? ええ、案内をお願いするわね」
少し大げさだけれど、とても律儀で真面目な兵士さんのようだわ。
***
カイルの案内で、私たちは馬車に乗り込み、巨大な地下シェルターの扉の前へと到着した。
重々しい音を立てて開いた薄暗い空間には、身を寄せ合う大群衆の難民たちがひしめいている。
「救援の、方々だ……! 我々を助けるため、猛吹雪の中で魔物と死闘を繰り広げてくださった……ッ!」
カイルが最後の力を振り絞って叫ぶと、そのまま糸が切れたように石畳の上へ倒れ込んだ。
「カイル! 大丈夫か!」
「なんてことだ、血まみれじゃないか……あ、あの御方は、まさか……」
「セレスティア様だ……! 追放されたはずのセレスティア様が、我々を見捨てず、あれほどの傷を負ってまで助けに来てくださったのか……っ」
難民たちはボロボロになって気を失ったカイルと、鼻血の痕が残るアリスたちを交互に見つめた。
どれほどの過酷な道のりだったのかを悟ったのだろう。大群衆が声にならない涙を流し、私たちに向かって深く、静かに頭を下げた。
少し大げさだけれど、知っている顔が迎えに来て本当に安心したのね。
その祈るような輪の中から、一人の令嬢が進み出てきた。
「よく来ましたわね、泥棒猫! わたくしだってこんな国、こちらから願い下げでしたわーッ!」
ビシッと私を指差したのは、王立学園時代の友人、ヴィクトリアだ。
ただ、その姿は昔と大きく変わっていた。
避難生活の過労とストレスのせいだろうか。彼女の体は、見事なまでにパンパンにむくんでしまっている。
「ヴィクトリア様……!」
私は大粒の涙をこぼし、彼女に駆け寄った。
「まあ! わたくしが一人で辺境キャンプを満喫している間、ヴィクトリア様を誘わなかったから、こんな過酷な避難生活でパンパンにむくむまで苦労させてしまったのね……! ごめんなさい!」
「は? え?」
私はヴィクトリアの豊かな胸元に顔を埋め、力いっぱい抱きしめた。
「きゃんッ!?」
信じられないほどの弾力と柔らかさ。
抱き心地が良すぎて、思わず頬が緩んでしまう。
「なんて素晴らしいの……過酷な環境で、領民たちのためにここまで身を粉にして……!」
私が感動のあまり、彼女のふかふかの体にすりすりと顔を擦り付けると、それを見ていた難民の一人がハッと悟った顔で叫んだ。
「おおお……ヴィクトリア様のあの御姿は、我々に食料を譲り、ストレスを一身に背負い込んだ『聖痕』だったのか……!」
「我らのジャンヌ・ダルクだ!」
「ヴィクトリア様……っ、あなた様の尊き自己犠牲、一生忘れません……っ!」
大群衆がボロボロと大粒の涙を流し、ヴィクトリアに向かって狂信的な祈りを捧げ始める。
「ち、違いますわーッ! ただ隠れてお菓子をドカ食いしただけですわーッ!」
大勢の領民が涙ながらに自分を拝み倒すという異様な光景を前に、ヴィクトリアは両目を見開き、口をパクパクとさせてフリーズした。
背後、二人の目からスッと光が消えた。
笑顔のアリスの足元で大理石の床がピキッとひび割れ、クロエの手の中で銀の懐中時計が音もなくひしゃげた。




