第36話 異常寒波が到来しましたが、とても暖かいです。
馬車は順調に、旧王都への街道を進んでいた。
「やっぱり、辺境のお馬さんは大きくて逞しいわね。全然揺れないわ」
私は優雅に紅茶のカップを傾けた。
窓の外の景色をのんびりと眺める。
「ええ、お姉様。この馬は特別製ですから」
「お嬢様の乗り心地を最優先に『調教』いたしました」
アリスとクロエが、揃って満面の笑みを浮かべる。
窓の外では、昨日のロードメイクを生き延びた地竜が、涙目で馬車の軛を引かされていた。
バケモノ二人からの無言の殺気を受け、地竜は鱗を震わせている。
少しの衝撃も逃さぬよう、舗装された道を滑るように進んでいた。
本当に、よく訓練された優秀なお馬さんね。
***
夜。
旧王都の手前に差し掛かったあたりで、異常気象による猛吹雪が襲来した。
視界は真っ白に染まる。
気温は急激に氷点下へと落ち込んだ。
私たちは急遽、野営をすることになった。 アリスが猛吹雪を弾き返す光の結界を展開する。 その安全地帯の中で、クロエが瞬きする間にテントを組み上げた。
「辺境の夜は冷えるわね」
私が毛布を引き寄せ、小さく身震いをする。
「お姉様が凍えてしまいます! 私がお温めしますっ!」
「いいえ聖女様。お嬢様の体温管理はメイドである私の役目です」
バチィッ!
私の両脇で、凄まじい火花が散った。
瞬きする間に、私はアリスとクロエの二人に挟まれる形で、ふかふかの特大羽毛布団の中に横たわっていた。
「ふふ……二人とも、あったかいね……」
私は二人の温もりに安心し、無防備にすり寄る。
「アッ……お姉様の、甘い吐息が……」
「お嬢様の、柔らかなお肌……ッ」
至近距離で私の体温を浴びた二人は、顔をゆでダコのように真っ赤に沸騰させている。
ツーッ。
二人の鼻から、一筋の赤い線が垂れた。
二人は白目を剥いて気絶寸前のまま、私を強く抱きしめ返してきた。
仲良く川の字で寝るなんて、林間学校みたいで楽しいわね。
「あっ、そういえばレイヴンは?」
「見回りを命じました。お嬢様の安眠を妨げるようなら、朝までに塵一つ残さず処分すると伝えてありますわ」
クロエが焦点の合わない瞳のまま、事務的に答える。
こんな猛吹雪の中で見回りだなんて、本当に真面目で働き者なのね。
私は二人の温もりに包まれながら、心地よい眠りへと落ちていった。
***
猛吹雪が狂ったように吹き荒れる、テントの外。
筆頭事務官レイヴンは、馬車の陰で氷の彫刻と化していた。
横には、同じく外に放置された巨大な地竜。
一人と一頭は異常寒波の容赦ない寒さから、種族の壁を越えてガタガタと抱き合っている。
『ヒィィッ! 凍死するゥゥッ! なんで俺がトカゲと抱き合ってなきゃならねぇんだァァッ!』
レイヴンは心の中で血の涙を流して絶叫した。
しかし、口を開けば一瞬で冷気が肺を凍らせる。
レイヴンは立ったまま地竜にすがりつき、指一本動かせなくなった。
ザクッ、ザクッ。
激しい風の音に混じって、雪を踏みしめる足音が近づいてくる。
旧王都の地下シェルターから、かろうじて動ける若者たちで結成された、臨時の物資調達班だ。
彼らは日中、わずかな食料を求めて外に出ていた。しかし、予期せぬ急激な異常寒波に襲われ、命からがら隠れ家へ引き返す途中だった。
視界を奪う白い地獄の中、彼らは偶然にも、雪原に浮かび上がる光を見つけた。
「あ、あれを見ろ……!」
先頭を歩いていた若者が、凍える指で吹雪の先を指差す。
難民たちの目に映ったのは、魔法で淡く発光する巨大なテントと、傍らに停められた立派な馬車。
その両方には、吹雪の中でもはっきりと視認できる、見覚えのある印が刻まれていた。
「間違いない……あの白銀の印章は! かつて国政を一身に担い、あらゆる公文書に記されていたセレスティア様の印だ……! ヴィクトリア様が仰っていた通り、本当に辺境からの救援が来てくださったんだ!」
若者たちが歓喜に沸く中、彼らはテントの前にそびえ立つ異様な影に気づいた。
馬車に繋がれた巨大な地竜。
そしてその傍らで、ピクリとも動かない漆黒の男の姿だ。
「おおお……! あの狂暴な地竜が、吹雪から主のテントを守るための肉の盾として、大人しく佇んでいる!」
「そしてあの漆黒の御方……この殺人的な寒波の中で、我々迷える者に道を示す標となるため、あえて外に立ち続けておられるのだ……!」
寒さと疲労で極限状態だった若者たちは、その圧倒的な威容に雪の上へ這いつくばった。
目からボロボロと涙を流し始める。
「おお、ボレアスの救世主様……!」
「我らもあの方のように、静かに耐え、祈ろう!」
寒さで感覚の消えかけた難民たちから、狂信的な祈りが氷漬けのレイヴンへ捧げられる。
『違う! コイツも俺も寒すぎて凍りついてるだけだァァッ! 頼むから祈ってないでシェルターに運んでくれェェッ!』
レイヴンの声なきツッコミは、猛吹雪の音にかき消されていく。
調達班のリーダー格が、紫に変色した唇を震わせて叫んだ。
「すぐに地下シェルターの皆に……ヴィクトリア様に知らせねば!」
「ボレアスからの迎えは、凶悪な地竜すら駄馬として従える、本物の神の御使いだと!!」
彼らの祈りが雪原にこだましながら、這うようにして去っていった。




