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第35話 お姉様(お嬢様)のために、ロードメイクします。

 旧王都へと続く、鬱蒼と生い茂る死の森。

 数千の魔物たちが横一列に並び、無言で地面を叩き割っていた。


「ほら、手が止まっていますよ。お姉様の馬車が通るまでに、道幅をあと十メートル広げなさい」


 糊の効いたエプロンを揺らし、アリスは聖女らしく小首を傾げて微笑んだ。


 百体を超えるオークキングたちが、ボロボロと大粒の涙をこぼす。

 彼らは鼻水を垂らしながら土魔法を行使し、自らの尊厳と共に地面を固めていった。


 その後方で、クロエが不可視の鋼糸をしならせる。


 ピシィッ!


「泣き声がうるさいですね。おいそこの地竜、もっと腹に力を入れて地面を平らに均しなさい」


 名指しされた地竜は、自らの巨体を横転させた。

 ズズズズ……と地鳴りを響かせ、白目を剥きながらゴロゴロと地面をプレスし続けている。


「クロエ、右側の山が邪魔でお姉様の馬車が通れませんわ。ついでに空も暗いです」


「では、聖女様はあの山を削るようオークたちに指示を。私が魔猿どもに毒沼を埋めさせます」


 アリスが指先をパチンと鳴らした。


 震え上がった魔物の大群が、自らの牙や拳をピッケル代わりにして岩山を砕き始める。

 六本の腕を持つ魔猿たちは己の毛皮を犠牲にして毒沼の泥を掻き出し、砕いたばかりの白い砂利を敷き詰めていった。


「大変。山を削ったらクレーターができて殺風景になってしまいましたわ。おい、そこの水竜。一瞬でも水を吐くのをやめたら即座に浄化しますよ。限界まで清流を吐き出して湖を作りなさい」


「……ならば、私はトレントどもに命じて色鮮やかな花畑を造園させましょう。おい、貴様ら。種子の発芽が1秒でも遅れたら薪にします」


 アリスに脅された水竜が、涙目になりながら凄まじい勢いで清流を吐き出し、えぐれた大地に巨大な湖を形成する。

 その隣では、クロエの鋼糸で縛り上げられたトレントたちが恐怖で葉を震わせ、自らの生命力で狂い咲きの花畑を作り上げていた。


 悲鳴すら上げることは許されない。

 たった数分で、鬱蒼とした森はなだらかな平野と美しい湖畔の広がる景勝地へと作り変えられていく。


「はぁっ……はぁっ……急いで、馬車へ……ッ」


「ええ……お嬢様のピクニックに、遅れるわけには……ッ」


 広大な現場の指揮で全身から汗を吹き出し、筋肉を痙攣させる二人。

 彼女たちは土煙を上げながら、後方の馬車へと駆け戻っていった。


 ***


 美しく舗装された白い街道を、ボレアス領の馬車が滑るように進んでいく。


 私はふかふかのベルベットのクッションに背を預け、淹れたてのダージリンの芳醇な香りを楽しんでいた。


 水面が微かにも揺れないティーカップを傾け、窓の外の景色に目を細める。


 太陽の光を反射して輝く、澄み切った湖。

 そのほとりには色とりどりの花が咲き乱れている。


「こんな素晴らしい景色を見ながらピクニックへ行けるなんて。私、本当に幸せだわ」


 振り返ると、向かいの席にはアリスさんとクロエが座っていた。


 なぜか二人とも、肩で激しく息をして汗を流している。

 ふと見ると、二人の服があちこち汚れていることに気がついた。


 アリスさんの服の裾は濡れ、エプロンのポケットからはキラキラと光る白い小石が顔を覗かせている。


 クロエのメイド服には葉っぱや花びらが絡まり、足元には細かい砂がたくさん付着していた。


「あらあら。二人とも、そんなに汗をかいて、お洋服まで汚してしまって」


 私は絹のハンカチを取り出し、アリスさんの額をそっと拭う。


「ひゃんッ」


 アリスさんがビクッと肩を震わせ、顔を真っ赤にして蕩けた声を漏らした。


 続いて、クロエの首筋に光る汗を優しく拭き取ってあげる。

 普段の涼しげな目元が、今は熱を帯びてだらしなく緩みきっていた。


 ふふっ。

 きっと二人とも、久々のピクニックが楽しみでじっとしていられなかったのね。


 馬車を抜け出して、お花畑で森の可愛いウサギさんたちと駆け回って。

 私にプレゼントする綺麗な石を、水辺で一生懸命探してくれていたんだわ。


 はしゃぎすぎて汗をかくなんて、本当に子供みたいで可愛い。


「御者のレイヴンも、とっても運転が上手ね。道が平らで、少しも揺れないわ」


 窓の外へ視線を向けると、御者台で手綱を握るレイヴンの真剣な後ろ姿が目に入った。


 彼は青白い顔で滝のように冷や汗を流し、声一つ発さず、中腰のままガクガクと激しく両膝を震わせている。


 きっと、馬車に伝わる微細な振動を、自らの足腰を高度なサスペンション代わりにして全て吸収してくれているのね。


「さあ、旧王都まであと少しよ。王都の皆さんにお会いするのが楽しみだわ」


 私がカチャリとティーカップを置くと、二人は顔を蕩けさせたまま何度も首を縦に振った。


 私たちの優雅なピクニックロードは、白く輝く一直線となって旧王都へと続いている。

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