第4話 王子の使いが「戻ってきてやるから感謝しろ」と土足で踏み込んできました。
アリスが魔法で生み出した白亜の屋敷。そのテラスで、私は極上の茶葉の香りに包まれていた。
目の前では、アリスが「あーん」とスコーンを差し出してくる。
「お姉様、このジャムは私が先ほど魔界の果実を浄化して作った自信作です。さあ、食べてくださいっ♡」
「まあ、アリスさん。お料理まで完璧だなんて……(トラウマのせいで『自分の居場所を作らなきゃ』と必死なのね、健気な子!)」
その時、静寂を切り裂くように、屋敷の門の外から傲慢な怒声が響いた。
「おい! ここに追放された公爵令嬢がいるのは分かっているぞ! 開けろ、王命だ!」
現れたのは、王宮騎士団の分隊長。かつて私の下で、書類仕事一つまともにできず叱責されていた無能な騎士だ。
彼は、アリスが整えた美しい庭を踏み荒らしながら、土足でテラスまで踏み込んできた。
「セレスティア! 殿下が慈悲深くも『戻ってきても良い』と仰せだ。今すぐ王都へ同行しろ。聖女アリスも連れてな。……おい、聖女、何をボサっとしている。早く殿下の元へ——」
騎士がアリスの腕を掴もうと、汚れた手を伸ばした瞬間。
ガタガタガタッ!! と、アリスが椅子ごと激しく震え出した。
彼女はティーカップを落とし、私の背後に隠れて、怯えた仔犬のように私の服の裾を掴む。
「ひっ……! 怖い……お姉様、助けてください……っ。またあのお城の暗い部屋に連れ戻されて、怖い殿下のおもちゃにされるのは嫌ですぅ……っ!」
「アリスさん! 大丈夫ですよ、私がついています!」
私はアリスを抱き寄せ、騎士を氷のような眼差しで射抜いた。
……許せない。この無能な男は、アリスさんの繊細な心をどれだけ踏みにじれば気が済むのか。
「お聞きなさい、騎士殿。私はすでにユグドラシル家の籍を抜け、この地を治める独立した一貴族。あなたの主君に命令される筋合いはありません」
「な、何だと!? 今の王国がどうなっているか分かっているのか! お前がいないせいで予算編成は破綻し、聖女の結界が消えた王都は連日魔物の襲撃を受けて——」
「知っておりますわ。私の計算によれば、王都の食料備蓄はあと3日。結界の消失による防衛線崩壊まで、あと48時間といったところかしら?」
「……なっ! 知っていて見捨てるというのか!」
「見捨てたのは殿下の方ですわ。……それと」
私は、アリスを抱きしめたまま、優雅に微笑んだ。
「アリスさんが、あなたのその『汚い指先』を見て、酷いパニックを起こしていますの。彼女の心の傷をこれ以上広げる者は、たとえ神であろうと排除いたしますわ」
「な……女ごときが何を——」
騎士が剣の柄に手をかけた——その時だった。
私の胸の中に顔を埋めているアリスの顔が、私からは見えない角度で、騎士の方を向いた。
彼女の瞳から『光』が消える。
漆黒の殺意。唇の端が釣り上がり、牙を剥く捕食者のような笑み。
アリスは指先一つ動かさず、ただ『眼力』だけで、騎士の背後に数千本の『光の針』を展開させた。光の針の1本が騎士の首筋をチクッと刺す。
『(聞こえるか、この下等生物。次にお姉様に気安く触れようとしたら、お前の細胞一つ一つを光の粒子で焼き尽くして、死ぬことすら許さない永遠の地獄を見せてやるわ。……今すぐ消えろ。お姉様がこっちを見る前に)』
アリスの念話(魔法による脅迫)を受けた騎士は、顔面を蒼白にし、その場に崩れ落ちた。
股間からじわりと染みが広がる。
「ヒッ……!? ヒ、ヒイイイイイッ!! 化け物、化け物だあああああ!!」
騎士は剣も放り出し、脱兎のごとく逃げ出していった。
その無様な後ろ姿を見送ると、アリスは瞬時に「うるうる」とした瞳に戻り、私の胸に顔を擦り付けてきた。
「ふえぇん、お姉様ぁ……。あの騎士様、急に叫び出して怖かったですぅ……。私、怖くて一歩も動けません……っ。今夜も一緒に寝てくれないと、お化けが出ちゃいますぅ……!」
「ああ、よしよし。もう大丈夫ですよ、アリスさん。……(なんてこと、恐怖のあまり騎士が化け物に見えるほどの幻覚まで! 殿下、あなたはどれだけ重い罪を犯したのですか!)」
私はアリスを強く抱きしめ、心に誓った。
王都が明日、魔物の海に沈もうとも。私はこの『可哀想な少女』だけは守り抜こう、と。
——その日の夕方、王都の第一防壁が魔物の大群によって突破されたというニュースが辺境に届いたが、二人は仲良くベッドで一緒に絵本を読んでいた。




