第3話 私の5年計画が、ヤンデレ聖女の魔法によって3分で終わりました。
数日間の馬車旅を経て、私たちは追放先である辺境領『ボレアス』へと到着した。
出迎えたのは、ひび割れた荒野と、今にも吹き飛びそうなボロ小屋が数軒。魔物の脅威に晒され、住民たちは希望を失った目をしている。
「……なるほど。事前の資料以上に過酷な環境ですね。ですが、やり甲斐はあります」
私は王都から持ち出したトランクを開き、分厚い羊皮紙の束を取り出した。
「まずは土壌の毒素を抜き、水源から水路を引き直します。その後、防壁を兼ねた外周道路を整備し……ふむ、私の計算通りに進めば、5年後には王都並みの豊かな都市基盤が完成するはずです。寝る間を惜しんで働かなければ」
腕をまくり上げ、やる気に満ちた私。
しかし、隣にいたアリスの表情が、スッと真顔になった。
「……5年?」
「ええ。少し厳しい道のりですが、二人で力を合わせれば——」
「つまりお姉様は、これからの5年間、毎日そんなカビ臭い紙切れや泥まみれの土と睨めっこして、私とイチャイチャする時間を削る、と……そういうことですか?」
アリスの声のトーンが、地獄の底から響くように低くなった。
「えっ? ま、まあ、開拓が終わるまでは少し忙しくなるかしら……」
「却下です」
アリスが一歩前に出た。
彼女の足元から、尋常ではない量の黄金の魔力が、暴風のように吹き荒れ始める。
「お姉様の麗しい瞳は私だけを映すべきですし、その美しい手は私の頭を撫でるためにあります。5年も放置されるなんて、死んでも嫌です」
アリスは私の手から都市計画の設計図をひったくると、それを一瞥した。
「なるほど、この通りに作ればいいんですね?……『万物創世の光』」
次の瞬間、ボレアスの大地が激震した。
アリスの放った規格外の光魔法が、荒野の毒素を一瞬で『浄化』し、枯れた大地に爆発的な生命力を『付与』する。
ズゴゴゴゴゴォォォッ!! と轟音を立てて、私の設計図に描かれていた通りの水路が地割れと共に形成され、周囲の木々が異常成長して強固な防壁へと編み上がっていく。
極めつけは、私たちが住む予定のボロ小屋だ。
光に包まれたかと思うと、物質の構造そのものが組み替わり、3階建ての白亜の豪邸へと超絶リフォームされてしまった。
たった3分。
私の5年計画は、アリスの理不尽な魔力によって一瞬でコンプリートされてしまった。
唖然とする村人たちをよそに、アリスはくるりと振り返り、先ほどの恐ろしい気迫はどこへやら、とろけるような笑顔で私に抱きついてきた。
「終わりましたよ、お姉様! これでお仕事はゼロです! さあ、私を24時間たっぷり甘やかしてくださいっ♡」
「ア、アリスさん……っ!」
私は震える手で、彼女の華奢な背中を抱きしめた。
なんて可哀想な子なの……!
慣れない辺境の地。魔物の恐怖。そして王都でのトラウマ。彼女はそれらの不安から逃れるために、無意識のうちに限界を超える魔力を放って、安全な『巣』を作り上げてしまったのだ。
こんな規格外の魔法を使えば、どれほど魔力を消耗し、体に負担がかかることか。それでも彼女は、健気に笑顔を作っている。
「ごめんなさいね、私としたことが配慮が足りませんでした……! もう無理しなくていいのよ。今日はゆっくり、一緒のベッドでお休みしましょうね」
「い、一緒のベッドォォッ!? は、はいっ! 私、疲労困憊で一歩も動けませんぅぅっ!」
(大嘘である。魔力残量はまだ99%残っているし、なんなら隣の帝国を火の海にするくらい余裕である)
「……よしよし、良い子ですね」
「えへへぇ……お姉様の匂い、しゅき……♡」
こうして、村人たちが「神の御業だ……」と土下座して拝み倒す中、勘違いを極めた私と、欲望のままにチートを振るう狂信者アリスの、全く自重しない辺境スローライフ(同棲生活)が幕を開けたのだった。




