第2話 馬車にヤバい聖女が同乗してました。
「だって、お姉様がいない国なんて滅びればいいからです!」
満面の笑みで放たれたその爆弾発言に、私はこめかみを押さえた。
馬車はすでに王都を離れ、街道をひた走っている。
「アリスさん……落ち着いて聞いてください。あなたは国家の最高機密である『結界』を維持する聖女です。城の近衛兵たちが、あなたをそう簡単に外へ出すはずが……」
「ああ、あの人たちなら大丈夫です! 出発前、騎士団の夕食のスープに『三日三晩絶対に起きられない特製睡眠薬』を致死量すれすれで全鍋に投入しておきましたから!」
「国家の防衛網を物理的にシャットダウンしてきたの!?」
にっこりと微笑むアリスの足元には、なぜか王家専用の紋章が入った巨大なトランクがいくつも転がっている。
「ついでに、王宮の宝物庫からお姉様がお好きな最高級茶葉と、当面の活動資金(王家の裏金)を回収してきました。これで辺境でも美味しいお茶が飲めますね!」
「それは逃亡じゃなくて横領、いえ、国家転覆の手口ですよ!?」
私は眩暈を覚え、深く息を吐き出した。
……冷静になれ、セレスティア。超有能な実務家としての思考を回せ。
純真無垢なこの平民の少女が、ここまで狂気じみた行動に出る理由。それは一つしかない。
あのバカ王子だ。
あのアホの傍若無人な振る舞いに、この子は日々耐え続けていたのだろう。そして私という唯一の庇護者が追放されたことで、ついに精神の限界を迎え、狂行に走ってしまったのだ。
城の兵士を眠らせるほどの『深い絶望』。宝物庫から茶葉を盗むほどの『現実逃避』。
ああ、なんて可哀想な子なの……!
「……分かりました。辛かったですね、アリスさん」
「えっ?」
「無理して笑わなくていいのです。王都からの追手は、私がこの命に代えても防ぎます。あなたはずっと、私と一緒にいなさい」
私が力強く彼女の手を握ると、アリスは一瞬ポカンとし——やがて、頬を極彩色に染め上げて身悶えし始めた。
「ああっ……! お、お姉様っ……! はいっ、一生、一生お姉様の犬として尽くしますぅぅっ!!」
「い、犬? (よほど殿下に人間扱いされていなかったのね……不憫に)」
その時だった。
『ギャオオオオオオオンッ!!』
突然の咆哮と共に、馬車が急ブレーキを踏む。
窓の外を見ると、街道を塞ぐように、身の丈5メートルはあろうかという巨大な地竜が立ち塞がっていた。辺境の魔物だ。
護衛の騎士たちが絶望の声を上げる。
「ひっ!? ドラゴン……!?」
私が息を呑んで身構えた、その瞬間。
「……は? 誰の許可を得て、私のセレスお姉様との神聖なお茶会を邪魔してるの? このトカゲ」
先ほどまでの甘えた声はどこへやら。
絶対零度の声色と共に、アリスが馬車の窓から指先をパチンと鳴らした。
——カッ!!!
網膜を焼き尽くすほどの閃光。
次の瞬間、空から直径数十メートルに及ぶ極太の光の柱『神罰の白銀』が降り注ぎ、地竜を悲鳴を上げる間もなく蒸発させた。
あとに残ったのは、クレーター状にえぐれ、綺麗に舗装(?)された街道だけだった。
「……え?」
「お姉様、怖かったですよね! でももう大丈夫ですよ!」
さっきまでドラゴンをゴミを見るような目で睨んでいたアリスが、瞬時にうるうるの仔犬の瞳に戻り、私の胸にダイブしてくる。
「え、あ、うん……凄いわね、アリスさん……(規格外の魔力暴走……! やはり殿下から受けたトラウマのストレスが深刻なのね! 早く辺境で癒してあげなきゃ!)」
「えへへぇ、お姉様に褒められましたぁ……っ。私、お姉様のためなら神様だって殺せますっ♡」
こうして、勘違いの沼に頭まで浸かった悪役令嬢と、彼女のためなら世界を焼き払う重すぎるヤンデレ聖女の、辺境へ向けた旅が幕を開けた。
——一方その頃、聖女が消え、結界の魔力供給が完全に途絶えた王都の空には、真っ黒なヒビが入り始めていたが、二人がそれを知る由もなかった。




