第1話 婚約破棄と追放。……あれ、聖女様がガッツポーズしてません?
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「——この国は滅びる。
私の大好きなお姉様を追放した、その瞬間に。」
***
「セレスティア・フォン・ユグドラシル公爵令嬢! 貴様のような嫉妬深く陰湿な女との婚約は、今この場をもって破棄する!」
王立学園の卒業パーティー。
豪奢なシャンデリアが照らす大広間に、第一王子であるエドワードの怒声が響き渡った。
優雅なワルツの調べは唐突に止まり、数百人の貴族たちの視線が、刃のように私へと突き刺さる。
そこにあるのは嘲笑や侮蔑だけではない。
裏帳簿まで管理する口うるさい公爵令嬢が消えることへの、明らかな安堵と優越感だった。
「殿下、それは何かの誤解——」
「黙れ! 貴様がそこにいる可憐な聖女アリスに嫌がらせをしていたことは、すでに調べがついている! 貴様のような血も涙もない悪女は、次期王妃にふさわしくない。名門ユグドラシル家の名に免じて命だけは助けてやる。辺境の地へ永久追放とする!」
エドワード殿下の腕の中では、平民出身の『光の聖女』アリスが、華奢な肩を震わせて泣き崩れていた。
「ひぐっ……殿下、私のために……どうか、セレスティア様を責めないでくださいませ……っ」
その健気な姿に、会場から「おお、なんて慈悲深い聖女様だ」と感嘆の溜息が漏れる。
対して私は、静かに目を伏せ、内心で深く、深く安堵のため息をついていた。
(……やれやれ。これでようやく、あの地獄のような日々から解放されますね)
完璧な王妃となるための過酷な教育。遊び呆ける殿下に代わっての領地経営。さらには王室の裏帳簿の処理。
睡眠時間2時間で国を回していた私にとって、辺境への追放は「無期限の有給休暇」に等しかった。
「……承知いたしました。殿下の健やかなる治世と、お二人の幸せを心よりお祈り申し上げます」
私は一切の動揺を見せず、一糸乱れぬ完璧なカーテシー(淑女の礼)を披露した。
悪役には、悪役としての美しい引き際がある。
ドレスの裾を翻し、踵を返そうとした——その瞬間。
ふと、王子の厚い胸板に顔を埋めているはずのアリスと、バッチリ目が合った。
彼女は、王子の大きな背中とマントの死角を利用し、誰にも見えない角度から私だけを真っ直ぐに見つめていた。
その瞳に、涙は一滴もなかった。
純真無垢なはずの彼女の顔には、獲物を追い詰めた肉食獣のような、ねっとりとした恍惚の笑みが張り付いている。
そしてアリスは、私に向かって音もなく——両手で力強く『ガッツポーズ』をした。
口の動きが、はっきりとこう告げていた。
『や っ と 、 お 姉 様 を 独 り 占 め で き ま す』
「……えっ?」
私が思わず声を漏らした瞬間、アリスは瞬時に顔を伏せ、再び「ひっ、ひぐっ」と可憐な泣き声を上げ始めた。
その瞬間、彼女の背後にドス黒く蠢く影が見えた気がしたが——アリスは瞬時に顔を伏せ、再び「ひっ、ひぐっ」と可憐な泣き声を上げ始めた。
今のは何? 見間違い?
極度の疲労が見せた幻覚だろうか。私は戸惑いを胸に押し込めながら、足早に会場を後にした。
* * *
そして、翌朝。
私は最低限の荷物だけを持ち、王都から追放先の辺境へと向かう粗末な馬車に乗り込んだ。
これから始まる、誰にも邪魔されない穏やかなスローライフ。胸を躍らせて馬車の扉を開けた私の体は、完全に硬直した。
「おはようございます、セレスお姉様! 今日からよろしくお願いいたしますね!」
そこには、ウキウキとした様子で大量のトランクを持ち込み、向かいの席に陣取る聖女アリスの姿があった。
昨晩のドレスとは違う、可愛らしい付き人のメイド姿に身を包んでいる。
「…………え? アリスさん? どうして、国境の結界を維持する聖女様がこんなところに?」
私の問いに、アリスは花の綻ぶような、世界で一番可愛い笑顔で答えた。
「だって、お姉様がいない国なんて滅びればいいからです! さあ、私と二人きりのイチャイチャ新生活へ出発しましょう!」
「えっ? ええっ!?」
……どうやら私の思い描いていた平穏なスローライフは、初日から完全に終わったらしい。
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