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第32話 ハッピーエンドです?

 ボレアス領主邸、執務室。

 積み上げられた特産品の売上報告書に羽ペンを走らせ、音を立てて扇子を閉じた。


「今月のMVPは同着よ。約束通り、ご褒美は私の膝枕ね」


 私が笑みを浮かべて宣言した、その直後だった。


「私がお姉様の右太ももですッ!!」

「メイドである私が左ですッ!!」


 ドゴォォォォンッ!!


 執務室の床板が爆発音と共に粉砕された。

 風圧と木っ端が舞い散る中、二つの影が私の膝へと突進してくる。


 私は息を吐き、両手を前へ伸ばした。

 王妃教育で叩き込まれた護身術の所作が発動する。


 交差しようとした二人の後頭部が、私の手のひらに収まる。


「はい、喧嘩はダメよ」


 私は二人の勢いを殺し、左右の太ももへと同時に引きずり下ろした。

 二人を膝枕の体勢へホールドし、硬直している頭皮のツボへ親指を沈み込ませる。


「あひぃッ……!?」

「ふぁぁッ……!?」


 ビクンッ、と二人の身体が跳ねた。

 二人は私の膝の上で手足を投げ出し、骨抜きにされて動かなくなった。


「ふふっ。今日は、これだけじゃないの。さらに特別なご褒美があるわ」


 私は部屋の隅で丸くなっているシロに声をかけた。


「シロ、机の引き出しに入っているベルベットの布包みを取ってきてちょうだい」


 シロは体を震わせた後、前足で引き出しを開けた。

 私の手元へ、布包みをくわえて運んでくる。


「ありがとう、シロ」


 私は受け取った包みを開く。

 中に入っているのは、二つのガラスの指輪。


「この前、侯爵様がいらした時に、クロエが落としてしまったガラスの破片があったでしょう? もったいないから、指輪に仕立て直しておいたの」


 私は溶けきった二人の左手を取り、薬指へとガラスの輪を滑らせた。

 夕日を反射して、二つの指輪が光る。


「これからも、私の一部としてずっと一緒に生きていくのよ?」


 指先を撫でながら微笑む。


『(精神支配の呪い……? 否ッ!! お姉様からの愛の前では一瞬で飲み込まれて消え失せる他ないわッ!)』

『(ああ……お嬢様から、ついに愛の契約を……ッ! これが、私の生涯の終着点ッ!)』


 二人の顔から力みが消え去った。

 笑みが、二人の口元に浮かぶ。


 次の瞬間、二人の背後から黄金の光が差し込み始めた。


「……あぁ、すべては一つ……光も闇も、お姉様の太ももの上に等しく存在していたのですね……」

「……色即是空……いいえ、セレスティア様即ち宇宙……暗殺などという些末な業は、すでに三途の川へ置いてまいりました……」


 二人の口から、念仏が漏れ始める。


 ズゴォォォォォォンッ!!!!


 二人の身体から溢れ出した光が、執務室の天井を吹き飛ばした。

 夜空へ向かって、光の柱となって立ち上る。


 星空から、黄金の粉雪が領地全域へと降り注いだ。


 物流封鎖の煽りを受け、枯れかけていた領地外れの農帯。

 光の粉が土に触れた瞬間、乾いた大地から芽が噴き出した。


 ズゴゴゴゴゴッ! と音を立てて成長した茎が、黄金色の麦の穂を実らせていく。

 枯れた泉からは水が溢れ出し、季節外れの薔薇が一斉に咲き誇る。


 瞬きする間に、荒野が風に揺れる黄金の海へと変貌した。


「おおお……っ! 奇跡だ! 領主様が、我々に奇跡をお与えくださったぞぉぉっ!」


 夜回りをしていた農民たちがランタンを取り落とし、光る大地に両膝をついて平伏した。


 一方その頃。

 執務室の片隅の暗がりでは、白い仔犬とぬいぐるみが肩を寄せ合って震えていた。


『(お、おい見ろクマ……あのバケモノ二人が、ついに成仏しようとしてるぞ……! これで俺たちの命も救われる……っ!)』

『(ブルブルブルブルブルッ!! 神様仏様セレスティア様! どうかこのままアイツらを成仏させてくれェェッ!)』


 シロとハミィは光に向かって涙を流し、互いの肩を抱き合って拝み倒していた。


 さらに、時を同じくして。

 客間で気絶していたヴァンキッシュ侯爵が目を覚ましていた。


 窓の外で起きている出来事に腰を抜かした侯爵は、這いずるようにして廊下へ出る。

 少し開いた執務室のドアの隙間から、室内を覗き込んだ。


 領主の膝の上で、二人の従者が光を放ち、神へと昇華している光景だった。


『(ひ、ヒィィッ……!? ボレアスの領主は、ついに自らの手で神を二柱も創り出しおった……!? この領地は狂っているゥゥ……!!)』


 精神を打ち砕かれた侯爵は、白目を剥きながら廊下の絨毯に両膝をついた。

 部屋の隅で泣いている犬とクマに混じって手を合わせ、震えながら祈りを捧げ始める。


 光を放ちながら念仏を唱える従者。

 部屋の隅で泣きながら拝み倒すペットたち。

 廊下で土下座して祈り狂う隣国の侯爵。

 そして、窓の外に広がる黄金の大地。


 そんな空間のど真ん中で。

 私は紅茶を一口飲み、微笑んだ。


「あらあら、お揃いの指輪がよっぽど嬉しくて、二人とも光っているのね。侯爵様も元気になられたみたいだし、みんな仲良しになって……私、本当にボレアスに来てよかったわ」


 私が空になったティーカップをソーサーへ置く。

 カチャリという音が、光の満ちる部屋に溶けていった。

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