第26.5話 最近少し体重が増えたのでおやつを我慢します。
話は少し遡って。
ビーチで遊んでからから数日後の朝。
私は自室の脱衣所で、体重計のメモリを見て絶望の声を上げていた。
「うそ……っ。2キロも増えてる……!」
完璧な領主たるもの、健康管理は基本中の基本。
ここ最近、アリスの魔法で栽培された美味しい果物と、クロエが作ってくれた絶品スイーツを毎日お腹いっぱい食べていたツケが回ってきたのだ。
「……決めたわ。今日からおやつは抜き! 軽い運動も取り入れて、元の体重に戻すわよ!」
私が執務室でそう高らかに宣言した、次の瞬間。
後ろでお茶を淹れていたアリスのティーポットが床にガシャンと落ち、クロエが持っていた銀のトレイがガタガタと震えた。
「お、おやつ、抜き……? 運動……っ?」
「お嬢様が、あの過酷な苦行を……?」
二人の顔からサーッと血の気が引き、この世の終わりのような絶望の表情を浮かべている。
「ええ。二人とも、申し訳ないけれどしばらく甘いものは……って、ちょっとアリスさん!? なぜ泣いているの!?」
「だってぇぇっ! お姉様の、あのマシュマロのように柔らかくて神聖なほっぺたや太ももが、無惨にも削り取られてしまうなんてぇぇっ! 私の生き甲斐がぁっ!」
「お嬢様! 今すぐこの栄養満点の『ケーキ』をお召し上がりください! さもなくば私のメイドとしての存在意義が消失し、自害するしかありませんわ!」
「朝からケーキは重すぎるわ! というか自害しないで!?」
二人が泣き叫びながらを私の口にケーキをねじ込もうとしてくるのを、私は必死に躱した。
「大丈夫よ! 少し体を動かすだけだから! ほら、こうしてスクワットを……」
私がその場で膝を曲げようとした、その時。
『(メイドさん。お姉様にこれ以上の疲労とストレスを与えれば、お姉様のお命に関わります!)』
『(ええ、分かっていますわ聖女さま。お嬢様の体重計の数値は、わたしと、あなたでどうにかしましょう!)』
二人が空中で強烈なアイコンタクトを交わした。
瞬間、アリスが床に向けて指を鳴らす。
『局所重力反転結界』
「……あら?」
私がスクワットで立ち上がろうとした瞬間、体が信じられないほど軽く、ふわりと宙に浮くような感覚を覚えた。
「すごいわ、体が羽のように軽い! これが運動のデトックス効果なのね!」
(※局地的に体重計周囲の重力がマイナス4%になっているだけである)
「そ、そうですわお姉様! もう十分運動されました! さあ、すぐに体重計へ!」
アリスに急かされ、部屋の隅にある体重計に乗ってみる。
メモリは……なんと、先ほどよりピッタリ2キロ減っていた。
「うそっ!? たった3回のスクワットで2キロも痩せたわ! 私の考えたストレッチ、天才的かもしれないわね!」
私が満面の笑みで喜ぶと、二人はホッと胸を撫で下ろした。
「さあお嬢様、目標体重に戻ったお祝いに、私が焼いた特製イチゴのショートケーキをどうぞ」
「で、でも……さっき痩せたばかりで、これを食べたらまた……」
「ご安心を」
クロエの瞳が鋭く光った。
彼女はトレイに乗ったケーキに向け、目にも止まらぬ神速で暗器を三千回ほど振るった。
「今、ケーキに含まれる『脂肪分』と『糖質』だけを、切り捨てました。味と栄養はそのままに、『カロリーゼロ』です」
「えっ? カロリーを切り捨てる?」
何を言っているのかよく分からないが、クロエが言うなら嘘ではないのだろう。
私は差し出されたケーキを一口食べた。
……美味しい! 脂肪分が切られた(?)はずなのに、生クリームの濃厚な甘さが口いっぱいに広がる。
「美味しいわ、クロエ! これなら毎日食べても太らないわね!」
「はいっ♡ お姉様、いっぱい食べて、もっともっと甘やかさせてくださいねっ!」
かくして。
アリスとクロエによる神の如き御業によって、私の「史上最も楽な3分間ダイエット」は大成功を収め、アリスとクロエは愛するお姉様の「柔らかさ」を死守することに成功したのだった。
(シロは見た。ご主人の体重が減った理由を。そして、心の中で呟いた。「……これ、俺が言わないと、誰も気付かないパターンだろ」)




