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第21話 ボレアス経済封鎖網。……茶葉が底をつきました。

 爽やかな風が吹き抜ける、ボレアス領主邸のテラス。


 午後のうららかな陽射しの中、私——セレスティア・ボレアスは、いつものように優雅なティータイムを満喫していた。

 小鳥のさえずりをBGMに、純白の陶器に注がれた琥珀色の液体を口に運ぶ。


 しかし、一口含んだ瞬間。私はわずかに眉を寄せ、小首を傾げた。


「……アリスさん。今日の紅茶、少し香りが薄いわね? 淹れ方は完璧なのだけれど、茶葉そのものの元気が足りないというか……」


 私の言葉に、背後に控えていた金髪の元聖女、アリスがビクッと肩を揺らす。


 彼女は深々と頭を下げた。その可憐な顔には、まるで世界が終わったかのような悲壮感が漂っている。


「……申し訳ありません、お姉様。実は……王都を出る際に、王宮の宝物庫から頂戴した『最高級茶葉』が、ついに底をついてしまったのです」

「今朝の分で最後の一摘みだったため、どうしても香りが……」

「あら、そうなの? 随分とたくさんあったはずだけれど……まあ、毎日のように飲んでいたものね」


 私は空のカップをソーサーに置く。


「じゃあ、そろそろ商会にお願いして、新しい茶葉を買い付けないと」

「お嬢様。それが、現状では不可能なのです」


 テラスの扉が開き、黒髪のメイドであるクロエが分厚い報告書の束を抱えて足早に現れた。

 その顔には、いつもの冷静な無表情の中に、隠しきれない苛立ちが混じっている。


「先日から手配していた茶葉の仕入れ便が、一向に届かない原因が判明いたしました」


 クロエは報告書をテーブルに置き、忌々しそうに眼鏡を押し上げた。


「隣国のヴァンキッシュ侯爵が、ボレアス領へと続く主要街道および全物流網を『完全封鎖』いたしました」

「新茶はおろか、岩塩、香辛料などの生活必需品の輸入まで、すべて意図的にストップさせられています」

「……あら。お買い物ができないということ?」

「はい。急激な発展を遂げる我が領を経済的に干し上がらせ、潰すための『兵糧攻め』です」


 ピタリ、と。

 風が木々を揺らす音すらも、テラスから消え失せた。


 次の瞬間、アリスの周囲から漏れ出した重厚な魔素が、周囲の空間から熱を奪い、空間そのものを凍てつかせ始める。


「……なるほど。あの羽虫のような侯爵が、お姉様の『至福のティータイム』を奪ったと?」


 アリスの瞳孔がスッと縦に細くなり、純真無垢な瞳から一切の光が消え失せる。

 その背後には、天を覆うほどの『殲滅魔法陣アポカリプス・フレア』が何十重にも展開され始めていた。


「許しません。今すぐ侯爵領ごと極大魔法で消し炭にして、焼け跡から茶葉の在庫だけを回収してまいります」


 ジジジッ、と大気が焦げる音が響く。


「お姉様、三分で戻ります。メイドさん、お湯の用意をお願いしますね」

「待ちなさい、聖女様。焦土にしては茶葉の香りが飛んでしまうでしょう」


 クロエがアリスを制止する。

 しかし、彼女の両手にも、陽光を全く反射しない『不可視の絶死刃ファントム・エッジ』が握られていた。


「ここは私の出番です。今夜中に侯爵の寝首を刎ね、商会の実権を乗っ取ります」


 メイド服の隙間から、ただ静かな殺気が滲み出す。


「物流ルートの再構築を含めて、明日の朝食までには新しい茶葉を手配いたしましょう」


 パチン!


 私が持っていた扇を閉じる音が、張り詰めた空気を切り裂いた。


「二人とも、絶対にダメよ!」


 私は立ち上がり、腰に手を当てて二人をビシッと指差した。


「アリスさん、お茶を淹れるのにそんな大袈裟な魔法を使ったら、ティーカップが割れちゃうでしょ!」

「……え?」

「クロエさんも! ご近所の侯爵様のお家に忍び込んで泥棒だなんて、絶対にお行儀が悪いわ!」


 私はキツく睨みつける。


「私たちは『文化的で優雅な』領地経営を目指しているの。お買い物はちゃんとお金を払って、暴力は一切禁止! いいわね?」


 テラスに、恐ろしいほどの沈黙が落ちた。


 展開されていた『極大殲滅魔法陣アポカリプス・フレア』が、シュウゥゥと霧散していく。

 クロエの殺気も、嘘のように雲散霧消した。


 主からの絶対命令。

 それは、セレスティアという推しに狂っている彼女たちにとって、どんな拘束魔法よりも——自身の感情をねじ伏せるよりも強力な枷だった。


 二人はその場に崩れ落ちるように膝をつき、ワナワナと震えている。


「……っ! 血の流れない戦争など……っ!」

「ぬるい報復すら許さず、真綿で首を絞めるように経済のみで嬲り殺せと……? お嬢様の海のようなお優しさに付け込む外道どもに、地獄を見せろと……っ!」


 二人はギリッと歯噛みし、深く、深く頭を垂れた。


「「……御心のままに」」


 ふふっ、二人とも領地のためにそこまで怒ってくれるなんて、本当に真面目で健気なんだから。

 私は優しく微笑みながら、空っぽのティーカップをそっと持ち上げた。


「ええ、分かればいいのよ。それじゃあクロエ、とりあえず白湯でも淹れてもらえるかしら?」

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