第20話 プライベート・ビーチが出来ました。
「はぁ……夏ね。たまには涼しい海風でも浴びたいわ」
私が執務室で何気なくこぼした、その一言。
翌朝、屋敷の南側にあったはずの険しい霊峰の山裾が、不自然にえぐり取られていた。
代わりに、岩肌に囲まれた静かな白い砂浜と、エメラルドグリーンの『海』が広がっている。
「お姉様!「お姉様専用の『星砂の隠れ江 (プライベート・ビーチ)』が完成いたしました!」
……有能すぎるのも考えものね。地図の書き換え申請を出さなくては。
私は純白のフリル水着に着替え、砂浜へと足を踏み出した。
「お待たせ。少しはしゃぎすぎたデザインだったかしら……?」
私が恥ずかしそうに振り返る。
アリスとクロエは、真っ黒なサングラスを装着していた。
しかし、そのサングラスの隙間から一条の光が漏れ、二人の背後には神々しい後光が浮かび上がっている。
二人は限界突破した尊さにより無の境地に達したのか、静かに合掌して、砂へと還ろうとしていた。
「二人とも? 砂に埋もれないでちょうだい。
もう……せっかくだから、少しお昼寝でもしようかしら」
私はビーチチェアに寝転がり、ゆっくりと目を閉じた。
「波の音が心地いいわね。……少しの間、静かに過ごさせてね」
私が穏やかな寝息を立て始める。
その何気ない一言が、二人にとっての絶対となった。
——ここから、世界は一切の「音」を失う。
沖合の海面が盛り上がり、全長50メートルの巨大なクラーケンが姿を現す。
クラーケンが天を仰ぎ、絶望の咆哮を放とうとした。
スッ。
空気が震えるコンマ一秒前。
クロエの『極死の無音刃』が、魔物の声帯だけを音もなく切除した。
さらにアリスが、上空に『絶対静寂の真空檻』を展開する。
海を割るほどの巨大な水柱も、魔物の断末魔も、すべてが真空の檻の中に隔離された。
虚空で、魔物の巨体が音もなく一口サイズに解体されていく。
空中に浮かんだ切り身を、アリスが光の熱線で瞬時にこんがりと焼き上げた。
海面に叩きつけられるはずだった数万トンの海水は。
クロエが空中に展開した数万個の『ティーカップ』によって、一滴残らず無音でキャッチされていた。
15分後。
「ん……ふぁぁ。よく寝たわ。……くんくん、なんだか屋台みたいな、いい匂いがするわね」
私がゆっくりと目を開ける。
目の前には、静かに凪いだ海が広がっていた。
私が体を起こすと、二人が美しい銀の皿に乗った『いか焼き』を差し出してきた。
「お目覚めですか、お姉様。獲れたてのシーフードですわ♡」
「私がお切りしました。さあ、どうぞ」
二人の所作は、完璧なメイドと聖女だ。
しかし、その全身からは滝のような汗が噴き出し、限界を超えた無音戦闘の反動でガタガタと小刻みに痙攣している。
「まあ。二人とも、そんなに汗をかいて」
私はいか焼きを受け取ると、空いた手で二人の手を優しく握りしめた。
「私が寝ている間、物音一つ立てずに、こっそり準備してくれていたのね。ふふっ、健気なんだから」
「「…………ッッッ!!!!!!」」
私が、寝起きの少しとろんとした目で二人を見上げ、ふにゃりと相好を崩す。
二人の表情から、スッと一切の感情が抜け落ちた。
極限の緊張状態から一気にキャパオーバーを起こした二人は、声にならない歓喜の呼気を漏らしながら、糸が切れたようにパタリと砂浜へ倒れ伏した。




