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第19話 ペットが拾ってきた謎の果実を食べたら…。

 その日。ペットのシロが、真っ赤な木の実をくわえて帰ってきた。


「まあ、綺麗。私へのプレゼント? ありがとう」


 私はしゃがみこみ、シロの頭を撫でる。

 何の疑いもなく、その赤い実を一口齧った。


「セレスティアお嬢様、それは——」


 ふわりと、むせ返るような甘い香りが部屋に広がった。

 クロエが鋭く声を上げた時には、もう遅かった。


 ——カァァァッ。


 実を飲み込んだ瞬間、体温が急激に跳ね上がる。

 視界がとろけるように甘く歪み始めた。


「……あれぇ? なんだか、お部屋がフワフワしますぅ……」


 私が舌足らずな声で呟き、へにゃりと床に座り込む。

 アリスとクロエが血相を変えて飛んできた。


「お姉様!? 大丈夫ですか!?」


「脈拍が異常です! 今すぐ解毒を——」


「ふふっ……アリスさぁん、クロエぇ……」


 私は二人の首に両腕を回した。

 そのまま、自分の胸へと勢いよく引き寄せる。

 両手に花。大好きな二人の温もりがそこにあった。


 私は甘えん坊の子供のように、二人の頬へすりすりと自分の頬を擦り付ける。


 さらさらとしたアリスの髪に指を絡め、クロエの引き締まった背中をゆっくりと撫で回した。


「んふふ……アリスさん、いい匂い……クロエも、あったかいねぇ……」


 私は二人の耳元へ唇を寄せ、甘く蕩けた声で囁く。


「あのねぇ、私、二人のこと……」


 とろんとした瞳で見つめ上げた。


「だぁいしゅき……。世界でいーちばん、大好きっ」


「いつも、私を守ってくれて……ありがとぉ……っ。二人がいないと、私、生きていけないよぉ……」


 私は無意識のうちに、二人の額、頬、そして目元へと何度も甘い口づけを落としていく。


「えへへ、一生、私のお傍にいてねぇ……チュッ♡ チュッ♡」


 最後に、両手で二人の顔をむにむにと包み込み、とびきりの笑顔を向けた。


「ぜーったいに、離してあげないんだからぁ……えへへっ」


「「…………あ、う…………」」


 瞬間。

 二人の動きがピタリと停止した。


 顔面が、沸騰したように真っ赤に染め上がる。

 トロンと瞳の焦点が外れ、だらしなく口元が緩んでいく。


 二人は私の首に腕を回したまま、へにゃり、とその場に崩れ落ちた。


 まるで骨を抜かれたように、私の胸に顔を埋める。


「あぅ……お嬢様ぁ……」


「お姉様……しあわせ、ですぅ……」


 完全に毒気を抜かれた顔で、二人は私の服をぎゅっと握りしめた。


「ふにゃぁ……二人とも、あったかいねぇ……」


 私は二人を強く抱きしめたまま、心地よいまどろみの中へと落ちていった。


 * * *


 翌朝。

 ズキズキと激しい頭痛と共に、私は重い瞼を開けた。


「……うぅっ。頭がガンガンしますわ……」


 ひどい二日酔いのような吐き気と気怠さに、私はこめかみを押さえる。

 体を起こそうとして、身動きが取れないことに気がついた。


 私の左右には、アリスとクロエがぴったりとくっついてスヤスヤと眠っていた。

 部屋は綺麗に整頓されたままだ。争った形跡すらない。


 バチィッ!


 私の寝返りの気配で、クロエが跳ね起きた。

 彼女は自分の顔と、無傷の部屋を交互に見比べる。


「なっ……!? 私としたことが、お嬢様の隣で、朝まで一切の警戒を解いて……!?」


 クロエは顔面を蒼白にさせ、ガクガクと小刻みに震え始めた。

 一方で、アリスはだらしなく蕩けた笑顔のまま、私の胸元にすりすりと頬を擦り付けている。


「えへへぇ……お姉様ぁ……もう一回、ちゅってしてぇ……」


 熱に浮かされたような声で、アリスは私のパジャマをぎゅっと握りしめた。


 私の記憶は、木の実を食べた後からひどく混濁している。

 だが、ほんの少しだけ。ズキズキと痛む脳裏に、昨夜の断片がフラッシュバックした。


 ——顔を真っ赤にして硬直する二人。


 ——私が強引に二人を引き寄せ、息がかかるほどの至近距離で顔を近づけた記憶。


 ……部屋は綺麗だ。元より、私に暴力を振るうような野蛮な力はない。


 私は瞬時に最悪の結論を導き出し、サァッと血の気を引かせた。


「ごめんなさい……! 私、抵抗できない二人に無理やり迫って……とんでもなく破廉恥なことを強要したのね!」


「えっ? い、いえお嬢様! 違うんです、これは私が護衛として不甲斐ないばかりに——」


「庇わなくていいの! ほら、アリスさんなんて『もう一回』ってトラウマを反芻してるじゃない!!」


「——ッ! あぁぁぁっ! 私の、万死に値する不覚のせいで、お嬢様の清らかなお心にこれほどの傷を……ッ!」


 クロエが悲痛な叫びを上げ、太もものガーターベルトへ手を伸ばす。


 引き抜いた『白銀の短刀ミスリル・ダガー』を、躊躇なく自身の腹へ突き立てようとした。


「あぅぅ……お姉様の匂い……しあわせぇ……」


 その傍らでは、アリスは完全に溶けきった顔で私にすり寄り続けていた。


「や、やめてクロエ! お願い、死んで詫びるようなことじゃないから!」


 私は激しい頭痛に耐えながら、クロエの腕にすがりついて必死に止める。


「アリスさんも正気に戻って! 私が全部悪かったから!」


 私の悲痛な声など届いていないのか、アリスはへらへらと笑い続けている。


「誰か……! 誰か早くお医者様を! 二人の心が限界なのっ……!」


 私は割れそうな頭を抱えながら、壊れてしまった二人を引き寄せて絶叫した。

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