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第17話 〜狂信者たちの夜〜

 ボレアス領、領主邸の地下最下層。

 普段は誰も寄り付かない薄暗い空間に、蝋燭の揺らめく灯りが二つの影を落としていた。


「……本日の『害虫』駆除報告は以上ですわ。アリス様。今週のスコアは私の勝ちですね」


 分厚い羊皮紙の束をテーブルに置いたのは、メイドのクロエ。

 その手では、禍々しい赤黒いオーラを纏った短剣が、器用にクルクルと回されていた。


「あら、冗談でしょう? 隣国のレオン大公を追い詰めたのは、私の『愛の力』よ」


 アリスは静かに微笑みながら紅茶を啜る。

 しかし彼女の背後では、陽炎のようにどす黒い魔力が蠢いていた。


「お姉様の御手に直接触れようなど、万死に値する暴挙……。思い出しただけで、あの男の領地ごと更地にしてやりたくなりますわ」


「ふん。私が『絶対捕食のシャドウ・バインド』で護衛の動きを寸止めし、退路を窓だけに限定したからこその見事なダイブでしょう」


「……まあ、お嬢様の視界を汚す前に排除できたことだけは、共同作業として認めてあげます」


 バチィッ!!


 二人の視線が交差した瞬間。

 分厚い石壁に刻まれた『対魔王級の結界陣』が、耐えきれずにピキッと甲高い音を立ててひび割れた。

 テーブルの上に広げられているのは、周辺諸国の貴族たちの釣書や面会希望の手紙の数々。

 そのすべてに、赤いインクで大きく『×』印が引かれている。


「そういえばクロエ。昨日届いた、あの伯爵からの下劣な求愛の詩はどうなったの?」


「昨夜、少しばかり彼の寝所に『訪問』してまいりました」


 クロエは涼しい顔で答える。


「お嬢様の名前を二度と思い出せないよう、脳髄に直接『恐怖の暗示』を刻み込みました」


 手の中で回る短剣が、ピタリと止まる。


「ついでに裏ギルドの網を使って彼の商会へ偽造手形を大量に流し込み、主要な物流経路も封鎖しておきましたわ。今頃、頭痛に苦しみながら借金取りから逃げ回っているはずです」


「まあ、素敵。だから急遽、あのような震えた字で面会辞退の手紙が届いたのね。さすがは元暗殺者、手際が良いわ」


 アリスは満足げに頷き、釣書を無造作に手に取る。

 指先からパチンと青白い炎を出し、それを燃えカス一つ残さず消し炭にした。


「お姉様は、ご自身の美しさにも、あの無自覚な振る舞いにも、本当に無自覚すぎるのよ」


「昨日だって……。

 私たちが喧嘩していると勘違いして、頭を同時に撫でながら言ったでしょう?

 『仲良しで嬉しいわ』って。

 あんな極上の微笑みを向けて……っ!」


「……ええ。あの瞬間、私は三途の川を見かけました」


「あのような神の最高傑作が、俗世の汚らわしい男どもの目に触れるなどあってはならないのです」


 暗い室内に、二人のギラついた瞳だけが異様に浮かび上がる。


「さて、明日はどこの愚か者が来るのかしら?」


「侯爵家の三男が、珍しい魔石を持参して面会に来る予定となっております」


「そう。じゃあ彼が門をくぐる前に、私がはるか上空から『神罰の光柱サテライト・パニッシャー』でその石ころだけをピンポイントで蒸発させてあげましょう」


「では私は、車軸の固定具を、振動で徐々に緩むようミリ単位で削っておきましょう。領地に入る手前の森で四つの車輪が同時に外れ、怪我一つないまま安全に立ち往生しますわ」


 冷酷な打ち合わせを終えると、二人は同時に時計を見上げた。

 時刻はもうすぐ朝の6時。セレスティアが目を覚ます時間だ。


「あら、いけない。もうすぐお姉様がお目覚めになるわ。朝食の準備を急ぎましょう」


「今日の紅茶は、私が昨夜、北の霊山を吹き飛ばして湧き出させた『星地脈の神仙水アヴァロン・ドロップ』で淹れますわ!」


「チッ、また勝手に領地の地形を変えて……。でしたら私は、魔境の深部でドラゴンを脅して奪い取った『神竜護りし黄金穂ミレニアム・ゴールド』でスコーンを焼き上げます!」


「(……お姉様の専属は私よ!)」

「(……お嬢様の隣は私のものです!)」


 その瞬間。


 アリスの背後で禍々しく蠢いていた暗黒の魔力が霧散した。

 完璧な「可憐な妹」のオーラへと切り替わる。


 クロエもまた、指先で弄んでいた短剣を瞬時に収納し、衣服のわずかなシワを淀みなく伸ばす。


 凍りつくような殺意に満ちていた二人の顔の筋肉は、コンマ一秒の間に緩んだ。

 花が咲くような柔らかい微笑みの形へと固定される。


「ええ。今日も一日、お姉様(お嬢様)に最高の笑顔でお過ごしいただきましょう」


 地下室の重い扉を開け、朝の光が差し込む廊下へと踏み出した。

 二人の足取りは、羽のように軽い。


 後日。

 ボレアス領の北部に、『超高級温泉リゾート建設予定地』と書かれた巨大な立て看板が打ち立てられた。

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