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第16話 他国のイケメン大公が私にプロポーズをしてきました。

 ボレアス領がかつての王都を凌ぐ大都市へと成長したことで、私の元には連日、他国の貴族から面会の申し込みが殺到していた。


「おお、麗しのセレスティア嬢! その美貌と知性、まさに我が妃にふさわしい!」


 応接間で私の前に跪いているのは、本日の面会者であり同盟国である隣国の若き大公、レオン様だ。

 金髪に青い瞳の、絵に描いたようなイケメンである。彼は私の右手を恭しく取り、手の甲に口付けをしようと顔を寄せた。


「どうか、この私と結婚し、共に世界を——」


 レオン様が甘い言葉を囁こうとした、その瞬間。


 ピキッ……。

 唐突に、彼の胸元で輝いていた国宝級の魔道具『絶対防護のペンダント』が悲鳴を上げ、音もなく粉々に砕け散った。


「……え?」


 驚いて私が瞬きをした直後、レオン様の様子が劇変した。

 金髪のイケメンだったはずの彼の顔面から一瞬で血の気が失せ、滝のような冷や汗が噴き出している。唇を紫色に震わせ、ひゅう、ひゅうと浅い呼吸を繰り返すその姿は、まるで目に見えない巨大な魔獣に喉笛を噛み砕かれる寸前のようだった。


「レオン様? どうかなさいましたか? 急に顔色が悪く……」


 私が心配して首を傾げると、背後からアリスが「お茶のおかわりはいかがですか?」と、メイドのクロエが「少しばかりお暑いようですので、換気しますね」と、花が咲くような優しい声で気遣いを見せた。

 その二人の声を聞いた瞬間。


 ビクンッ、とレオン様の全身が大きく跳ねた。


「ヒ、ヒィィィィィィッ!? け、結婚は取り下げだァァ! ここは、ここはァァァッ!!」


 彼は椅子ごと後ろへ転がり、ガチガチと激しく歯を鳴らしながら後ずさる。そして、振り返ってドアへ向かう数秒すら惜しむかのように、最も近い『2階の窓』へ、なりふり構わず身を投げたのだ。

 主の行動で硬直が解けた護衛の騎士たちも悲鳴を上げてそれに続き、這々の体で馬車に乗り込むと、凄まじい土煙を上げて領地から逃げ去っていった。


「あら………?」

 私はぽかんと開いた窓を見つめたまま、沈黙した。


 昨日の侯爵様は『突然、神の罰が下った』と泣き叫んで壁に頭を打ち付けてお帰りになった。

 一昨日の辺境伯様は、私を一目見た瞬間に白目を剥いて倒れてしまった。

 そして今日は、他国の大公が窓から決死のダイブ。


 私はハッと息を呑み、震える両手で自分の口元を覆った。


「ど、どうしましょう、アリスさん、クロエ! 私……恐ろしい呪いにかかっているのかもしれないわ!!」


「「……はい?」」


 背後に立つ二人の間抜けな声が重なったが、私のパニックは止まらない。


「だって、おかしいじゃない! 私に近づく殿方が、次々と発狂したり奇行に走ったりしているのよ!? きっと私に憑りついた強大な悪霊か何かが、近づく男の人を狂わせているんだわ! レオン様の魔道具が砕け散ったのも、その呪いの波動のせいよ!」


 私のトンデモ推理に、アリスとクロエの顔からスッと血の気が引いた。

 (ち、違う! それ全部私たちが裏で殺気を飛ばしてるだけですー!?)という心の声が聞こえてきそうなほど、二人の目はこれまでにないほど泳いでいる。


「ああ、なんてこと! このままでは、ボレアス領の無実の民にまで呪いの被害が及んでしまうかもしれないわ。……私、決めたわ!」


 私はバッと立ち上がり、拳を握りしめた。


「今すぐ北の霊峰オルディナに登って、滝行と悪霊祓いの修行の旅に出ます! 呪いが完全に浄化されるまで、私は帰ってこないわ!」


「「お、お待ちくださいお姉様(お嬢様)!!?」」


 ついに二人が悲鳴を上げて私にすがりついてきた。


「の、呪いなんてありません! きのせいです、気のせいですからぁっ! お姉様は神聖そのもの、歩くパワースポットですぅ!」

「そ、そうですお嬢様! 霊峰など行かずとも、私どもが毎日、虫……いえ、悪い気はお清めしておりますので!!」


「いいえ、止めても無駄よ! 私のせいでこれ以上、狂っていく方々を見たくないの! さあ、すぐに旅の支度を……あっ、アリスさん、私の足にしがみつかないで! クロエも荷造り用のトランクを暖炉に放り込んではダメよ!」


 こうして、新たな火種となるはずだった求婚騒動は一瞬で吹き飛ぶのであった。

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