第15話 終演後の楽屋です。
割れんばかりの拍手、そして熱狂的な歓声が、舞台裏にまでビリビリと響いてくる。
なんとかエンディングまで演じきり、楽屋へと戻ってきた私は、重たい軍服風のコートを脱ぎ捨ててふぅっと息を吐いた。
「どうにか誤魔化せたわね。ぶっつけ本番だったけれど、二人が完璧にヒロインを演じてくれたおかげよ」
私が労いの言葉をかけると、長椅子の上で灰のように真っ白ひ燃え尽きていたアリスとクロエが、ピクッと反応して身を起こした。
「……演じた、わけでは、ありませんわ……本能のままに、命を削っただけで……」
「三途の川の向こう岸で、おじいちゃんが『クロエ、こっちへ来るな』と手を振っていました……」
ハンカチで鼻の下を拭いながら、ふらふらと立ち上がる二人。
しかし、視線がぶつかり合った瞬間、再び二人の間にバチッ! と険悪な火花が散った。
「言っておきますけど、お姉様に左側から抱き寄せられたのは私ですからね。私の方が本命のヒロインです」
「はっ、笑わせないで。メイドである私への囁きの方がコンマ一秒長かったわ。私の方が本命よ」
再び第二ラウンドのゴングが鳴ろうとした、まさにその時だった。
「お、お嬢様ァァーーッ!!」
血相を変えた舞台監督の初老の男性が、バンッ! と楽屋の扉を蹴破る勢いで飛び込んできた。
「どうしたの? 腹痛で倒れた彼なら、別室で休ませて……」
「違います! 客席が暴動寸前なのです! 『セレスティア王子をもう一度出せ!』『俺を抱いてくれ!』と、若い娘さんたちだけでなく、屈強な木こりの男たちまでが目を血走らせてアンコールを要求しておりまして……っ!」
そっと扉の隙間から舞台の外を覗き見ると、そこには異様な光景が広がっていた。
普段は温厚な領民たちが、なぜか口々に「王子!」「王子!」と謎のコールを叫びながら、熱に浮かされたように舞台へと押し寄せているではないか。
「……っ!」
その光景を見た瞬間、アリスとクロエの顔からスッと血の気が引いた。
彼女たちの頭の中で、全く同じ危機感が共有される。
――このままでは、お姉様(お嬢様)の隣という特等席が、領民ぜんぶに狙われてしまう。
「クロエ、さっきの争いは一旦保留よ」
「ええ、アリスさん。今は身内同士で争っている場合ではありませんね」
二人は固く頷き合うと、恐るべき速さで背中合わせに立ち、扉の前に立ち塞がった。先ほどまでの「推しを前に限界を迎えたオタク」の姿は完全に消え去り、そこにあるのは主君の貞操と尊厳を死守する「鉄壁の近衛兵」の顔だった。
「お嬢様! あの男装の衣装は今すぐ脱いで、厳重に封印してください!」
「えっ? でも、領民のみんなが喜んでくれているなら、アンコールでもう一度あの甘いセリフを……」
「絶対にいけません!!それ以上犠牲者を増やさないでください!!」
二人の悲痛な、一切の妥協を許さない叫びが楽屋に響き渡る。
「もう……二人とも、どうしてそんなにムキになっているの? あんなフリフリのドレス、着るのが恥ずかしかっただけでしょうに」
私は全く見当違いの溜息をつきながら、仕方なく衣装のボタンを外し始めた。
こうしてボレアス領の収穫祭は、領民の心に『幻の白銀王子』という決して忘れられない強烈な爪痕を残した。
そしてこの日を境に、アリスとクロエが結成した『セレスティア様・防衛協定』による、領民からの苛烈なアプローチを水際で防ぐという新たな(そして終わりの見えない)戦いが幕を開けたのだった。




