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第14話 祭りの劇で私が王子役を披露しました。

 ボレアス領の収穫祭当日。

 広場に特設された舞台の裏側で、私は頭を抱えていた。


「どうしましょう。劇の主役である王子役の青年が、急な腹痛で倒れてしまうなんて……」


 開演まであと10分。今から代役を立てる時間はない。

 こうなったら、王妃教育で叩き込まれた演劇の基礎と、台本を丸暗記している私がやるしかないわね。


「仕方ありません。私が王子役をやります。衣装を貸してちょうだい」


 私は急いで着替えを済ませ、姿見の前に立った。

 白銀を基調とした、軍服風の騎士装束。豊かな長髪を後ろで無造作に束ね、腰には細身の軍刀を佩く。幼い頃から叩き込まれた完璧な姿勢と、どこか冷ややかな流し目は、我ながら王宮の近衛騎士すら霞むほどの『麗人』っぷりだった。


「アリスさん、クロエ。どうかしら、変ではない……?」


 振り返って二人に微笑みかけた、その瞬間。


「あ、ぁ……っ」

「お嬢、さま……っ」


 二人は私の男装姿を視界に収めた途端、両手で顔を覆い、そのまま糸が切れたように膝から崩れ落ちた。

 指の隙間からは、滝のような鼻血が噴き出している。


「ええっ!? 二人ともどうしたの!? 顔が真っ赤よ!?」

「尊っ……無理、かっこよすぎ……致死量……っ」

「私の、全てを、捧げ……ガクッ」


 二人はうわ言のように呟くと、白目を剥いて完全に事切れた(ように見えた)。


「しっかりして二人とも! ああ、連日の準備で過労がたたったのね!」


 私が慌てて駆け寄ろうとした時、ハッと意識を取り戻した二人の視線が、ハンガーに掛けられた一着の『ヒロイン役のフリフリのドレス』に射抜かれたように釘付けになった。


『(あのドレスを着れば、劇中でお姉様から顎クイされ、「愛している」と囁かれる……っ!)』


 次の瞬間、二人の間にバチィィィッ!! と、物理的な火花が見えるほどの凄まじい殺気が交錯した。


「そのドレスは私のものです、メイドさん! お姉様と結ばれるのは私だけ!」

「寝言は永遠に眠ってから言いなさい。お嬢様の隣に立つのは、完璧なメイドである私です!」


 ズバァァァン!!

 先ほどまでの限界オタクぶりはどこへやら。楽屋の中で、アリスとクロエによるヒロインの座を巡る、一切の妥協なき血みどろの聖戦が始まろうとしていた。


「ちょ、ちょっと二人とも! 喧嘩はやめなさい!」


 激しく睨み合う二人を見て、私はすべてを「理解」した。


 ……ああ、なんてこと。

 あのヒロインのドレスは、リボンとレースがたっぷり使われた、ひどく甘々で恥ずかしいデザインだ。

 二人とも、いくら仲良しとはいえ、あんなフリフリのドレスを着るのが気恥ずかしくて「あなたが着なさいよ!」「いいえあなたが!」と押し付け合っているのね……!


「もう、二人とも。そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫よ」


 私が慈愛に満ちた声でたしなめると、二人はピタリと動きを止めた。


「恥ずか、しい……? え、お姉様、それは一体……」

「私で良ければ、二人とも一緒にエスコートしてあげる。だから、ヒロインを二人にして、両手に花という演出に変えましょう?」


 私は『完璧なイケメン王子』の所作で二人に歩み寄ると、左右の手で同時に二人の顎をそっと持ち上げ、極上の甘いウインクを飛ばして見せた。


「……ッッ!!!!」


 私の提案(と至近距離でのダブル顎クイ)を受けた二人は、顔をゆでダコのように真っ赤に沸騰させ、限界を突破した鼻血と共に、今度こそ完全にショートして床に倒れ伏した。


「もぉ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに……。さあ、時間がないわ、急いで着替えるわよ!」


 かくして。

『完璧な王子様セレスティア』が、『王子様の魅力に抗えず腰を抜かして震える可憐な二人のヒロイン(アリスとクロエ)』を両腕に抱き寄せて甘いセリフを囁き続けるという謎の劇は幕を開けた。


 領民たちはその迫真の演技(?)に拍手喝采を送り、二人の精神は(別の意味で)完全に天に召されたのだった。

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