第12話 私が少し風邪で寝込んだだけなのに…。
領地の書類仕事に追われていた私は、ある朝、少し体がだるいのを感じた。
「……んっ、少し熱があるみたい。今日はベッドで休ませてもらおうかしら」
私が熱を出してちょっと寝込んだ。
ただそれだけ……だけど、このボレアス領において『国家存亡の危機』と同義であることを、私はまだ理解していなかった。
「お、お、お姉様ぁぁぁぁっ!!!」
「お嬢様! 今すぐバイタルを確認します!」
ドバァァァン! と扉を吹き飛ばす勢いで、涙目になったアリスと、顔面蒼白のクロエが飛び込んできた。
「ただの微熱よ、二人とも落ち着いて——」
「微熱!? そんな、私の結界が甘かったせいで、お姉様の美しいお体に忌まわしき病魔が……っ! 今すぐ『神話級万能回復薬』を生成して、お口移しで全量流し込みますっ!!」
「待ちなさい聖女様、微熱にエリクサーなど使えばお嬢様の体が魔力酔いで破裂します! ここはまず滋養をつけていただくのが先決……私、西の魔境へ飛び『不老不死の霊鳥』を狩って参ります。お粥にするまで、どうか3分お待ちを!」
「ならば私が、北の果てに棲まう『絶対零度の氷竜』の心臓をもぎ取って氷嚢を作りますわ!!」
熱で少しぼんやりする私の頭の上で、二人が何やら恐ろしい単語を羅列しながら飛び交っている。
「だ、大丈夫よ……普通のお水と、氷があれば……」
「お水ですね! 分かりましたお姉様!」
私が弱々しく呟くと、アリスが部屋のど真ん中で両手を掲げた。
『来たれ、万物を浄化せし水と氷の精霊王よ!!』
バァァァン!! と部屋の中に魔法陣が浮かび上がり、室温が一気に氷点下まで下がった。
どこからともなく、神々しいオーラを放つ巨大な氷の精霊王が召喚され、「我を呼ぶのは何者——」と威厳たっぷりに喋りかけた。
「うるさいです。お姉様のおでこを冷やしたいので、あなたの腕を砕いて氷嚢にしますね」
アリスが容赦なく精霊王の右腕を叩き割り、綺麗な布で包んで私の額に乗せた。
ひんやりとして気持ちいい。
「……あら? なんだか、キラキラした妖精さんが見えるわ。夢かしら……」
「妖精(精霊王)など幻ですわ、お嬢様。さあ、こちらを」
いつの間に戻ってきたのか、クロエが私の口元にスプーンを差し出した。
スプーンに乗っているのは、七色に輝くとろとろの液体。その背後には、まだ淡く発光している美しい霊鳥の羽が散乱している。
「さあ、お嬢様。お嬢様専用の魔法鍋で、わずか3分で骨の髄までとろとろに煮込んだ特製のお粥です。あーん」
「えっ、メイドさんズルいです! そのスプーンを渡しなさい!」
「お断りします。お嬢様の唇に触れるのは私の役目——」
熱のせいだろうか。
二人が私の顔のすぐ上で、目にも止まらぬ速度で魔法の光線と暗器を撃ち合っているように見える。
なんだか、とっても賑やかで楽しい夢だわ。
私は微笑みながら、ゆっくりと目を閉じた。
「……ふふっ。二人とも、仲良く遊んでいてね……」
「「……ッ!!(尊い!!)」」
私の寝言を聞いた瞬間、二人の動きがピタリと止まった。
そして、互いに武器を収め、ベッドの両脇に正座すると、私の寝顔を静かに(しかしギラギラとした瞳で)見つめ始めたのだった。
——翌朝。
熱がすっかり下がり、清々しい気分で目を覚ました私の部屋は綺麗に片付いていた。やっぱり、昨日の妖精や羽は「風邪の時に見る変な夢」だったのね。と自己完結し、私はいそいそと執務室へ向かうのだった。




