60__仮初めの妃の動揺 2
ご無沙汰を致しました。 えぇ、忘れ去られているだろう程に。
今回は 衛兵隊長 → リーゼロッテの視点になっております。
では、どうぞ。
___視点:衛兵隊 - 隊長___
内宮に 急拵えで整えられた休憩室へ邀っていた 衛兵隊の隊長は、全力疾走に近い速度で進めていた趾を緩めた。
通路の先に、休憩室の方向からやって来る シズの姿を認めた為だ。
頭脳明晰にして 確乎不抜からくる多謀善謀、鳶目兎耳を活かした知謀術数。
シズと云う宰相を評するとしたら、まず 多くの者が そう言い表すだろう。
遠目であっても判る程の長身痩躯は 間違いなく武官ではない軀付きで、武官であれば有用であっただろう長い手脚は 衣服を隔てても判る程に 細い。
当人の性格を擬らえたかの如き 不規則な癖を描く長めの髪は、手入れが行き届いた 艶やかな黒。
すっと通った鼻筋に 笑みの形で固定された薄い唇、笑っていようとも冷ややかに見える切長の睛に 弧を描かぬ眉。
細面に バランスよく配置された それ等は、笑みを泛かべていようとも そこはかとなく冷ややかな印象を与える。
一国の宰相に付ける形容詞ではないが、顔の印象だけ云えば 剣呑ささえ持ち合わせている。
鋭利な美貌のラノイとは、また違った意味で 存在感のある美形だった。
そんな この国の宰相は、遠目でなくとも判る程 軽い足取りで歩いている。
黒を基調とした長衣の襟にあしらわれた金糸の刺繍が、シズの機嫌を表すかの様に きらきらと晃りを撥じいていた。
これを睛にした隊長は、小走りから 大股歩きまで速度を落としながら、通路の中央を空ける。
《 お妃様は、ご無事か。》
突如 齎された妃の急報は 政務室へも飛んでいる、と 報せの兵は言っていた。
となれば、その場にいたシズも 休憩室へ邀っただろう。
そして、妃の安否を確認している筈だ。
異母弟の、唯一にして寵愛する妃の 一大事なのだ。
幾ら 人が悪いと定評のある宰相であっても、そのくらいはしているだろう。
そして、何かが遭ったのならば、然しものシズも こんな様子ではないだろう。
そんな 不敬に抵たりそうな事を攷えつつ、5㍍手前で 趾を停める。
《 最悪の状況でなくて良かった。》
シズの顔色と、いつもより娯し気な表情から そう察して、大きく安堵の息を咐く。
数度の深呼吸で やや上がっていた息も鎭め、敬礼をとった。
「休憩室のほうは 陛下がいますから、大丈夫ですよ。あの様子なら、姫の単独行動は 赦さないでしょう」
忍び笑いでも零しそうな調子で シズが言えば、敬礼を解いた隊長は 一拍をおいて諾いた。
「こちらでは 綜ての門の閉鎖、同時に 各所の封鎖を指示しました。並行して、検疫官の聴取と、毒蛇を搬んだ侍従官の炙り出しも」
「情報の連絡と共有は、詰所の副隊長を起点に?」
「はい」
「そちらへ報された 第一報の内容を伺っても?」
この問いに、隊長は 僅かな違和感を懐いた。
態々『第一報』と絞って言うからには、其処に何かあるらしい。
そう直感した隊長は、衛兵隊の詰所で耳にした 尠い情報を口にする。
「お妃様への 贈り物の箱から 毒蛇が出た、と。 そして、それを搬んだのは 若い侍従官だった、とだけ」
怕らく、この部分が重要だったのではないか。
そう判断しての事だ。
「官吏については?」
「官吏? いいえ、こちらへは何も」
「 ––––––––––––成程」
にや と、シズが嗤った。
実に 人の悪い、彼の性格が良く表れた笑みだった所為だろう。
隊長は、惟わず 真顔になっていた。
《 このお方が こんな顔をする時は、大体 碌な事がない。》
弧を描く口許も、獰猛な訳ではないのに 何処か剣呑さを孕んだ様な。
瞳の奥に 緲かな狂気も窺わせないと云うのに 見る者の背筋を沍らせる様な。
譬えるならば、暗殺者が 標的を見定めた時に、思わず零す笑みの様な –––––– などと、惟っていても 決して口には出せない本音を肚の奥へ圧し込んで、次に続く言葉を待つ。
「姫から 事情を聴いてきましたので、まずは その共有を」
そう言って仔細を語る シズの説明を聴く内に、隊長の眉根が寄る。
聴き終えた時には、眉間に はっきりとした皺が刻まれていた。
《 無人の休憩室に、食材用の木箱。蓋が僅かに空いていて、中に毒蛇。実際に咬まれそうになったのは 女官。悲鳴を聴き付けて 騒いだと云う官吏。》
余りの事態に 動転した、とも考えられる状況だ。
兵からの報告に 官吏の存在がなくとも、充分 納得は出来る。
しかし『気が動転していた所為』とするには、説明の付かない部分があった。
「最初に騒いだ官吏は、休憩室の様子を見てもいないのですか?」
「そうです」
またも、にや と嗤ったシズは『怪しいでしょう?』と云う言葉とは裡肚に 娯しそうだ。
「官吏については 別の者が追いますので、手配は不要です。 今は 記憶に留めてください。 情報共有も 副隊長までがいいでしょう」
隊長は 首肯で応えながら、シズの傍にいない人物の行動を知った。
《 エディン様がいらっしゃらないのは、裡で動いているからか。》
補佐官と云う称の護衛の姿がない理由を察すると共に、彼に追われる側は 一体 どんな気分だろうか、などと思考を飛ばす。
先ず されるのは、詰所と 政務室に報せに走った衛兵達への聴き込みだろう。
個別に聴き取り、その2人の言葉に齟齬がなければ、次は 官吏の絞り込みだ。
各所を封鎖している上、武官・文官に肇まり 下働きに至るまでを足留している状態だ。
証言を繋ぎ合わせれば、件の時間に不在だった者を特定する事も可能だろう。
《 しかし、このお方が、その程度の為に エディン様を離すだろうか。》
隊長の脳裏に、現在の地位に上るまでに起こった シズに繞わる 樣々な事件が駆け巡った。
現王のラノイが その地位に就くまででも、誘拐未遂・毒殺未遂・暗殺未遂・式典襲撃事件などがあった。
ラノイが王となり シズが宰相の職に就いてからも、暗殺者が送り込まれる事件は絶えなかった。
下働きに入った者に因る襲撃なども 記憶に新しい。
これ等を 最も傍で阻止するのが、エディンの役目だ。
つまり、最終防衛ラインなのだ。
そして、その役目をエディンに与えたのが、意外な事に シズだった。
《 いや、そうだ。 このお方は こう云うお方だった。》
自身が どれ程の危険に晒されていても、特に気にしないと云う 有り得ない精神構造をしている人物 ––––––それが シズなのだ。
逆恨みにも程がある理由で生命を狙われようとも 全く動じず、ナイフを持つ襲撃者を前に その行動の原理が 如何に滑稽で無意味で非生産的なモノであるかを、淡々とした口調で 滔々と語り捲る ––––––それが シズである。
小莫迦にしているとしか取られない言葉を、小莫迦にしているとしか見えない表情で、だ。
まあ、間違いなく小莫迦にしているのだから 非常に質が悪い。
これに因って『逆上した相手に滅多刺しにされる可能性』などと云う 誰もが感じる危機感は、爪の先-程にも思考にないのではと錯覚してしまう様な事をやってくれる、信じられない神経と 強心臓の持ち主だ。
もしや 刺されたいのか? などと捉えられ兼ねないくらいである。
勿論、そんな誤認をしかけたのは、当時 衛兵班長の 1人だった隊長だけではないと惟われる。
《 寧ろ、エディン様は、良く シズ様のお傍を離れられましたね。》
こんな危なっかしいお人を 単独行動にさせるなど、自分なら 悚くて出来ないだろう。
睛を離している間に 何処かで戮されていそうで ––––––などと考えた攸で、ふと 気が付いた。
《 ああ、だからか。》
詰所に報せがゆけば、王宮中を 衛兵が駆け廻る。 これだけでも、シズの安全は高まる。
狙われたのが〔獅子王〕の寵愛する妃であり、事態が 事態だ。
必ず、隊長が 現場へ出張って来る。
各所の監察に〜、などと宣うシズとは 早い内に往き合うだろう。
そして、シズを放置出来ない隊長は 宰相に附き随う形になるだろう。
一連の流れから この未来までを、エディンは 予測していたのだろう。
《 お任せいただけて光栄だ。》
長大息-淆じりに、または 乾いた笑い-淆じりに、将又 諦めの濃く滲んだ声が、隊長の脳内に響いたのも 無理からぬ事である。
隊長は、真顔をキープしながら、軽く現実逃避をしそうになる脳を 気力で引き留めた。
《 陛下と お妃様は休憩室で、エディン様は 官吏の捜索…………。》
王妃が、見目に反して 行動的で強者だったと云う衝撃の事実は、商人に扮した暗殺者と それに加担した者達を制圧せしめた件で耳にしている。
嫋やかで、とても荒事などに関わらなさそうな容姿の異国人としか認識していなかった隊長は、この報告に 大いに混乱したものだった。
尤も、これは 衛兵-全体に當て嵌まる事なのだが。
何度も報告書を読み直し その場に駆け付けた部下達の譚を聴き直し、捕縛された警備兵達や 暗殺者にも尋問をして、どうやら真実らしいと帰結した。
そうなってから、当初 信憑性のない噂として処理していた事柄を思い出すに至った。
______ 左遷を撤回させんとして逆上した官吏が
妃を刃物で嚇し、返り討ちにあった ______
与太話だと切り捨てていた この譚の裏取りもして、將しく真実であると知ったのは ほんの数日前なのだ。
流石は あの陛下の妃になれるだけはある ––––––そんな、達観にも似た感情を覚えたものだ。
あの妃なら 躬ら犯人の捜索に出てしまいそうだ と気付き、すぐ樣 だから『陛下がいるから大丈夫』なのか と納得する。
《 ならば、今 ––––––。》
国王の側近は何をしているのか、と思案しかけた攸で シズが歩き出す。
数歩 離れて迹に随う隊長に、解答が与えられた。
「クランツは 奥殿のほうを廻っています」
声にしていたのか と錯覚するタイミングで齎されただけに、緲かに瞠目する。
間違いなく こちらの考えを見透かした上での発言だ。
それが判るだけに、シズの傍にいると 度々 動揺させられるのだ。
ほんの一年前には 何度も味わった喫驚であった事を思い出しながら、追随する足並みだけは乱さぬ様 努める。
《 ッ〜〜〜〜 このお方の慧眼は 本ッ当に心臓に悪い!》
エディンが 補佐官と云う称の護衛に配属されるまでは、班長格の衛兵達が 持ち回りでシズの警護に当たっていた。
有事ともなれば、隊長である彼の役目でもあったのだ。
シズの為人は、理解している心算だ。
愨しく執務室に篭っていてくれないか、などと云う希望が通らない相手だと 良く知っている。
「私は、各所の監察ですよ」
実に愉し気に言われた科白に、隊長の眉が寄る。
《 観察の間違いでしょう?》
喉まで出かかった言葉を 已での攸で呑み込んで、隊長は 浅く首肯する。
背後にいる為 シズの睛に写りはしないが、気にする程の事ではなかった。
反論しない事が 肯定の表れであり、そもそも 反論も聴き入れない相手だと理解していると云う意味でもあるのだ。
そして、そんな 不敬にも抵たる事を惟われていようとも、また 罷り間違って 口にしてしまおうとも、微塵も響かないのが シズと云う人物でもある。
《 エディン様が戻られるまで、首謀者などに出会さないと良いが。》
隊長は、曾ては日常だった緊張に、思わず 口許を 真一文字に引き結び直すのだった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
___視点:〔森の妖精〕- リーゼロッテ=サフィール___
ラノイ様は 仰有いました。
誤魔化さないで ちゃんと談してほしい、と。
戒縛の仂を使えば済むのに、それをせずに。
《 わたしが、それを悚がったから。》
あれ程 勍い仂をお持ちなら、意図しない啻の言葉にも 威力が乘ってしまわれる筈なのに。
乘らない様に、使わない様に。
細心の注意をして、最大の願いを 最小の言葉で。
《 わたしを 悚がらせない、啻それだけの為に。》
ラノイ様は、匿し事をしている わたしに、そうと判っていながら こうもお優しい。
後ろめたさから睛も合せられずにいる わたしを責める事もなさらずに、落ち着けようと 頬を撫でてくださる。
皆様がいなくなるまで待って、こうして訊いてくださる。
あの場で 指摘して、全員で わたしを糾弾する事も出来たでしょうに。
寧ろ、皆様の前で談させるほうが 都合が良かったでしょうに。
魔法使いである わたしの事情を抒んで、飽く迄 ご自身の願いとして。
それが判っているからこそ、睛を合せられないのですが。
《 せめて、ちゃんと お談ししなければ。》
でも、何処から?
ミラベルと ベロニカの攸から?
その背後にいた 3人組についても?
彼等が捕縛された後にした わたしの記憶改竄についてとか?
遠出の前にあった 後宮の不審な出入りについてまで?
それとも、今回に係る事だけで 充分でしょうか。
だとしたら、何処まで談せば良いのでしょうか。
闇市場で 毒蛇を購入した者について?
その後 飼育や運搬に関わった者達についてとか?
闇市場の場所や 元締めとかも?
でなければ、密輸入している組織についてまで?
それとも、購入者と懇意にしている者達のほうでしょうか。
《 でも、彼等については、まだ この件に関わっているとは限らないのだし。》
今は、購入者から 現在に至るまでに関わった者達の情報に限定すべきかしら。
余計な情報は混乱の元だし、先入観を持たせてしまうのも 良くない気がするわ。
ラノイ様が その程度で判断に惑うとは惟えないけれど、不確定な事は 言わないでおきましょう。
でも、何撰りも まずは ───。
《 まずは、匿そうとした事への謝罪をしなければ。》
わたしのミスリードに気付かれていたからこその、この行動でしょうから。
あぁ、だとすると、だいぶ早い段階で気付いておられたのね。
早々と わたしを確保なさったのも、何かの口実を得て わたしが何処かに往かない様にする手段で。
わたしを油断させる為に、他の皆様には 何も言わなかったのだわ。
《 頭が良くて 知識があって 勘が良いなど、ひょっとして わたしの天敵ではなくて?》
謝罪しなければ と考えているのに、思考の大部分で 益体もない事を考えます。
謝罪は、早ければ早い程 良いのだと判っているのに、最初の一言を どうかけて良いものかと悩みます。
將に、二の足を踏む と云う状況です。
どうして すぐに談さなかったのか と訊かれたら、何と答えれば良いのでしょう。
正直に『お手を擾わせるまでもない事』と申し上げても 大丈夫でしょうか。
一切 告げるつもりがなく 単独で片付ける予定だったと知られるのは、更なる不況を賈うだけでしょうか。
それとも、素直に『後で お談しするつもりでした』とでも?
でも、もしも、事後報告すら する気がなかった事に勘付かれでもしたら?
我が身-可愛さに 浅慮にも嘘を誥いたのだ、と悟られたら…………。
《 …………凄く慄しい状況に追い込まれたりしないかしら。》
具体的に 何を想像した訳でもないと云うのに、急に 身震いが走りそうになりました。
具体的に 何かを想像しようとしなくとも、ここ数日のあれやこれやが 脳裏を過ったりなどではありません。
えぇ、違いますとも。
《 此処は、正直に理由を お談しして、謝罪をしたほうが………。》
此処まで結論付けても、言葉が出ません。
たったこれだけの事なのに、とても勇気が要ります。
たったそれだけの事だと判っているのに、覚悟が要るのです。
叱責されるとも 罵倒されるとも惟っていませんが、何故か手が震えそうになるのです。
それでも、何事も早めに策を打つに限ります。
此処は、勇気と覚悟を以て 気合いを入れるしかありません。
女は度胸! こう云うのは 勢いが大事です!
「ぁ の そ れ は そ の」
すぱっと謝って、口を挟むタイミングがない程 言い訳を陳べようと惟っていたのに、滑り出しから盛大に跌きました。
謝罪? 言い訳? 繊細い声しか出ませんでしたよ?!
それも 何が言いたいのか判らない様な言葉しか出ませんでしたよ?!
《 勇気と覚悟は何処へ??! 》
そんな わたしに、ラノイ様は 咊やかな微笑みを向けてくださいます。
怒っている訳ではない と、ゆっくりで良いのだと、雍かな微笑みが言っている様です。
お優しい ラノイ様 ––––––そう惟った矢先の事でした。
「うん?」
訊き返しながら、ラノイ様が わたしを抱き締めました。
そもそも 今のわたしは ラノイ様のお膝の上で、わたしの腰には ラノイ様の左手があって、わたしの左頬は ラノイ様の右手で撫でられていたのに。
それだけでも、以前の わたしなら、考えられないくらいの事をされているのに。
そっと頬を撫でていた指先が離れた と惟ったら、抱き締められていました。
わたしの右頬に ラノイ様の右頬が、すり と觝れるくらいに。
《 ッ 〜〜〜〜!!!?? 》
勇気も 覚悟も、謝罪も 言い訳も、何もかも消し飛びましたよ!?
驚いたのですよ! 驚愕したのですよ!! 当然でしょう?!!
頭の中は真っ白ですよ! 何秒か遅れて恐慌状態ですよ!! 当然でしょう??!
《 ッ〜〜〜〜!? ?! !!? 》
脳内ですら、悲鳴をあげられない程です。
だって、囘された腕とか 体温とか 右頬の感触とか 耳許の声とか 新緑の森みたいな香りとか、いろいろ!
あの日の ラノイ様の唇の感触とか! いろいろ蘇ったりしたら もう!!
何ですかこれぇ?! 新手の拷問ですか?!
言い訳しようとしたからですか!?
誤魔化そうとか考えたからですか?!
まだ何も言えてませんでしたが
伝わるモノでもありましたか!?
だとしても強力すぎませんか?!
この間の事といい 最近だいぶ
意地悪が佚ぎるのではありませんか?!!
絶叫の様な声で論う 真摯な苦情も、脳内に留まるばかりでは 一切 伝わりません。
それが、この世界の常識です。
魔法使い同士ではないのだから 当然の事だと、きちんと判っております。
でも、声が出ない程 驚いた時は、一体 どうしたら良いのでしょう。
この答えが出るよりも早く、ラノイ様は わたしを追い詰めます。
「なぁに? リリィ」
とても お優しい口調で ––––––まるで 幼児に問う様な お優しい声で、わたしの 耳許で。
「 〜〜〜〜 ッッ!!??? 」
この時の わたしは、ラノイ様の腕の中に 深く抱き込まれている体勢です。
互いの頬が觝れ合う程の距離です。
其処で 喋られたら どうなるか、判りますよね?!
《 この体勢で談せとか鬼ですかぁ悪魔ですかぁ!? 》
耳許でラノイ様の声がして 首筋に吐息が掛かって 頬にラノイ様の髪が觝れていて 涼やかな香りとかもして 何撰り体温とか感触とかがもう、もう もうもう。
《 動悸が酷いのです心臓が止まりそうです寧ろ爆発しそうなのです!》
今すぐその手を放してください直ちにわたしから離れてくださいまずは落ち着かせてください何もかもを匿し立てせず訊かれるまま正直にお談談し致しますからぁ!
《 硬直して声まで出ないとかぁ!! 》
何故 抗議の声を挙げる事すら出来なくなってしまうのですか。
困窮している事態の改善に向けて 何等かの策を講じる事すら侭ならないなど、どうしたら良いのですか。
ドキドキしすぎてクラクラしてきているので、一刻も早く 何とかしなくてはならないのに。
《 この前 お膝に乗せられた時よりも ひど 。》
酷いのです、と頭の中で抗議の声をあげる事は出来ませんでした。
「うん? リリィ」
耳許で囁かれて、惟わず 思考が停まりました。
どうやら 僅かに息を飲んだ様なのですが、自分では判りませんでした。
気付けない程 頭が真っ白になっていたのでしょう。 させられた所為せいでしょう。
「リリィ?」
再度、ラノイ様に声を掛けられて、漸く 私は再起動しました。
《 っ きゃああぁぁあ!?? 》
絶叫は声にならず、軀は 硬直から遁れられず。
つまり、わたしは ラノイ様の腕の中からも お膝の上からも逃げ出せずに。
何もかも 正直にして率直に、事実 匿し立てをする余裕もなく、促されるままに 一切合切を談し切りました。
えぇ、もう、これまでに得た情報も、其処から導き出した私見と考察も、犯人達の目星も、果ては今後の予定も、綜てです。
動揺が極まり 錯乱に近くなっていた為、支離滅裂になっていた箇所もあったかと惟いますが、ラノイ様は 実に賢いお方です。
わたしの拙い説明であっても、しっかりと理解くださいました。
出来ましたら その高尚な脳で以って わたしの現状と心情を慮っていただきたく存じます ────などと言い出せる暇などなく。
わたしは、ラノイ様の腕の中で身を捩りながら 右耳を抑えるのが精一杯でした。
今! 触りましたよ?! 触りましたよ!!?
《 ふに って!》
そんなに近くで喋るから觝れるのですよ?!
そもそも こんな体勢になる必要はないでしょう!?
もう少し離れていても 問答は出来るでしょう?!
寧ろ、問答をするなら 近付いたら駄目でしょう??!
睛を合わせて 嘘を俔るのは 魔法使いだけですか?!
違いますよね!? 万民に通じる常識ですよね?!
《 なのに どうして?! 》
わたしの疑問も 意見も 願いすらも、全く言葉にはなりませんでした。
只管『どうして』を繰り皈す脳は、最早 空転している状態で。
離れなければと惟うのに、軀は 未だに硬直したままで。
きっと、顔は真っ赤で。 たぶん、耳も 首も。
《 だって、ラノイ様がッ だって、ラノイ様の ッ。》
両手で、自分の右耳を隠します。
いいえ、扼えると云うか 握り込むと云うか。
でも、そうしてみても 柔らかくて温かい何かは消えてくれません。
《 か ん しょく、ッ。》
擦める程度でしたが 觝れましたよっ、觝れましたよ!
わたしの口を割らせる為とは云え やりすぎですよ!
近すぎるから いけないのですよっ。
あの姿勢で喋るから 当たったのですよ!
吃驚して 息が停まったではありませんか。
吃驚しすぎて 心臓が更に酷い事になってしまったではありませんか。
《 おと、らのいさまにも きこえてしまいそう。》
背に回された手に伝わっていたりしませんか。 しますよね、当然ですよね。
何もかも判っていて この様な事をしたのですか。
また、わたしを揶って 愉しんでおられるのですか。
面白がって笑っておられるのでしょうか。
詬しくて、ラノイ様のお顔を見る事など とても出来そうにありませんが。
《 もう泣きそうです。》
匿そうと惟っていた事など、もう どうでも良いです。
惘惘れられようが お叱りを受けようが、構いません。
今は この責め苦を何とかしたいのです。
《 この様な事 続けられたら、もう無理ですぅぅ。》
厄介さは、戒縛の仂に匹敵する程だなどと惟っても、わたしは悪くない筈です。
《 何でも談しますからもう赦してぇ!!! 》
この切実な願いも、言葉にはならないのでした。
あぁ、終わらない〜。 この予定外の部分 こんなに長くなる予定じゃ無かったのにぃ。
続くよぅ、終わらないよぅ、毎回『次こそは!』って思っているよぅ。
次話こそは決着を! 勿論 未定ですけどね。




