46話 適者生存/Survival of the Fittest
視覚的幻惑と魔除けの置物という二重防護によって、主に魔獣からの驚異から護られていた『深緑の民』の隠れ里。
ここは今、本来存在するはずのない「異物」同士がぶつかり合う戦場と化していた。
一つは言わずもがなこの森に生息する魔獣。外界と村を隔てる門をくぐってやって来た種族混類の侵略者達は、空と地上をうろつき村人達に驚異を与えている。
そしてもう一つの異物は、この世界に生まれた縁の一切合切のない、異世界人である魔剣使いの四人。
その一人が、手近なワニ頭のクマの魔獣、ダイトドンに向かって猛スピードで襲いかかった。
「てやああああ!」
地面を蹴ると同時に標的との距離を詰めたナツは、両者がすれ違うままに自身の魔剣、《福音と呪詛の剣》を振り抜く。
肉を斬る感触も、肉を斬られる痛みも互いに発生する間もないまま、毛むくじゃらな肉体は真っ二つになった。
「──!? ゴォアアアアア!!」
仲間の死骸が光となって消え、死の証明である霊晶石に姿を変える様を目の当たりにした仲間のダイトドンが、怒りの咆哮を上げた。
「仲間想い、家族想いなんだね。それはあたしだって同じだよ。⋯⋯でもね」
ナツは魔剣を構え直し、ドスドスと突進してくる凶獣を無表情で見据える。
異世界転移初日に初めて遭遇した、異世界のモンスター、ダイトドン。魔剣使いとしての覚醒や、一匹目を殺したことから招いた復讐劇など、印象深い出来事を担う相手だった。
特にナツは四人の魔剣使いの中でも、このダイトドンとは皮肉な因縁めいた相手だ。ちょっとした行動の裏目から復讐劇の幕を上げ、最後はその手で幕を下ろした。
「お互い殺るか殺られるかでしか終われないなら⋯⋯あたしも殺るしかないの」
「──!?」
開かれたワニ頭の大顎は、少女のやわ肉を噛み砕くことなく、虚空を噛んだ。
姿が消えたかと思うほどの最小かつ瞬間的な動きで側面に移動し、魔剣の刃が琥珀色の軌跡を描く。
「ガッ──!!」
「だから、せめて苦しまないでね?」
安らかな眠りを願う言葉が終わると、大口の開いたままの頭部がゴトリと地面に落ちる。数瞬遅れて首無しの巨体が崩れた。
「グルルォオオオオ!!」
続け様に三体目のダイトドンがナツに特攻を仕掛ける。
隙だらけで、愚直なまでの特攻だ。咆哮を上げながら、真っ直ぐに標的に突っ込む。
クマの性質とワニの性質を併せ持ち、高い知能と社会性を持つ子煩悩な魔獣。仲間達があっさり殺され、もはや敵わないと悟りながらも、仲間想いであるが故に止まれないのだろう。
その行動に対し、あえて反撃の意志を見せず、攻撃が届く寸前までナツはじっと待ち構えていた──が。
ドスゥッ! と開かれた大顎が、突如その上から降ってきた者の蒼き光の魔剣で串刺しにされ、閉じられた。
「殺す相手に、下手に同情するのは⋯⋯ダメ」
ダイトドンの頭上に着地したフユは、《真実と欺瞞の剣》を上顎から抜き様に首元へ刃を滑り込ませて切断した。
光の粒子に散る死体からすとんと地面に着地し、じーっと叱責する目をナツに向ける。
「ナツ⋯⋯敵に無駄にワンチャン与える、ギリギリの戦い方⋯⋯やめて。見ててハラハラする⋯⋯」
「ごめんごめんフユ、そんなつもりじゃないんだけどね」
「私たちが、殺すと決めたなら⋯⋯相手はもう死ぬ運命。せめてチャンスをあげないと⋯⋯可哀想って、思ってる?」
「可哀想とは思ってない⋯⋯こともないか。でもちゃんと割り切ってるよ。命を奪うからには容赦しないのが礼儀って。ちょっと考え事をね」
「ナツが頭使うなんて⋯⋯珍しいね。フレンのこと⋯⋯?」
「どういう意味!? もちろんそっちも気になるけど、今はそうじゃないかな。村に入って来た魔獣達のこと」
そう言ってナツは遠くを見る。視線の先には、建物の屋根から上空に向かってジャンプし、怪鳥の魔獣、コンドリスを空で斬り裂くアキの勇姿があった。
「さっきクライドさんが『種類の違う魔獣は一緒に行動しない』って言ってたじゃん? でもこうして色んな種類が村に入って来ちゃってるからさ」
「うん⋯⋯偶然じゃない。魔獣の生態は、全然知らないけど⋯⋯きっと、何か⋯⋯良くないこと、起きてるよ」
「それでね、昨日ハルが『魔剣は気配が強すぎる』って話してたのも思い出して」
ナツは自身の魔剣、《福音と呪詛の剣》を目の前に掲げ、その美しさと妖しさが同居する夕陽色のオーラを見つめながら言う。
「だから、もしかすると魔獣たちが村に入り込んできたのって、あたしたちが村にいるからなのかなー、なんて思ったり」
「ナツ⋯⋯それは⋯⋯」
「そうやって自責の念を抱えるのはやめとけ。お前の悪い癖だ」
「あ、ハル」
別行動を取っていたハルが二人の元にやって来た。村中を徘徊する魔獣を一掃するため四手に分かれていた。
「こっちのダイトドンとイノシシのモンスターは片付いた。あとは空のコンドリスだけだ」
「お疲れ⋯⋯体力はどう?」
フユはハルが持つ《楽園と冥府の剣》をハルの顔と交互に見やりながら訊く。
魔剣に覚醒したばかりの初日に、仲間を守るため限界を超えて力を酷使して倒れたハルだったが、ハルは「心配するな」と安心させるため小さく笑った。
「体感ではあと半分ってところか。最初の頃よりリミットが延びてる感じがする。皆もそうじゃないか?」
「そう⋯⋯かも。この三日で、結構、魔剣を使ってきたもんね。そこそこレベルアップ⋯⋯してるかな」
「フユの好きな『ステータスオープン!』がない異世界で残念だったな。数字で可視化できるなら話は早いのに」
「!? 好きってわけじゃ、ないよ⋯⋯っ! もうっ、ハルまでアキみたいに⋯⋯!」
異世界転移初日にこっそり試していた『異世界あるある』の恥ずかしいフユの黒歴史。散々このネタで弄られ、やはり今回も色白の顔が赤くなった。
お約束のネタでフユをからかった後、ハルは再び真面目な表情でナツの方を向く。
「それとナツ、俺たちがこの村にいるせいで魔獣が『気配』を辿って引き寄せられてる線は、おそらくない」
「え?」
「俺たちがこの村に来てから魔剣を抜いたのは、魔獣が侵入してからだ。ナツの言う通りなら順番が合わないだろ」
初日にハルが倒れた時も、ナツが巡り巡ってその原因を作ってしまったことを気にしていた。素直で裏表がなく、優しさと思いやりがあるのが牧夏海という少女の美徳だが、その分、負の部分を引き摺りやすい。
「でも、魔剣を出してない時も魔剣の影響ってちょっとはありそうじゃない? ほら、魔剣士モードじゃない時でも異世界の言葉わかるし」
「魔剣に自動翻訳機能がある場合の話か。確か魔剣に関してはまだまだ未知数だし、可能性はゼロじゃないかもな。ただどっちにしろ、俺たちがそれを気にしても仕方ないさ」
「うん⋯⋯あ、見て、アキが戻ってきた」
フユがほら、と指を差す。
村中の地上と空とを最も縦横無尽に駆け回っていたアキが、息せき切らせて走ってきた。
「お疲れさんアキ、いい狩りっぷりだったぞ。これで次は──」
「ヤベェ! 新手だ! またモンスター達がどんどん入って来やがったぞ!」
第二波の到来を焦り顔で知らせるアキに、三人も動揺する。
本来侵入してこないはずの魔獣の群れ。だが原因がわからない以上、敵の追加は予測できていた可能性ではあった。
幸いにも魔剣を使う時間とエネルギーにはまだ余裕がある。しっかりリソース管理をして戦えば十分乗り越えられる見積もりだ。
しかし続くアキの衝撃の言葉に、全員が魔獣の増援を報らされる以上に脳が凍りついた。
「そのモンスターどもの中に『フレン』が混じってたんだ! 何がどうなってやがんだよ!?」
ハルが言及した通り、魔剣使いの四人は必要エネルギー(MP)の残量が体感的に理解できます。
ステータスウィンドウがない異世界モノなので能力値の数値化はできませんが、初日から力を使い慣れるにつれ、自分が何を何処まで可能なのか?を検証、考察、感覚することが(ある程度)可能という設定です。
もし良ければブクマや★★★★★や感想をいただけると大変励みになりますので、よろしくお願いします!




