45話 破滅の刃/Doom Blade
広大な森の中に位置する『深緑の民の集落』は、正確に言うと森の中にあるわけではない。
外界から隔絶された異空間が、森のとある固定位置に座標として存在し、その空間と森を隔てる境界線である『門』を通ることで双方を行き来する仕組みになっている。
元々森付近でひっそりと暮らしていた深緑の民は、この地域に生息する魔獣の強さに手を焼き、神秘の技法によってこの閉じた楽園を作り出した。
謎の多い特殊な生物である魔獣は、死ぬとその生命が結晶化した『霊晶石』に変わる。そして魔獣は『死』を想起させるものとして、霊晶石を本能的に忌避する傾向にある。
よって、とびきり巨大なサイズかつ力を放つ霊晶石を門付近に設置することで、魔獣の侵入や偶然の迷い込みを防ぎ、集落の安全を確保していた。
だが今この時、その安寧は破られた。
「キャアアア────!!」
「マズイぞ! ブルボグにダイトドンだ!」
「次々入って来るぞ! 一体どうなってやがる!?」
「なんで違う魔獣同士が徒党を組んで⋯⋯!」
「今そんなことはどうでもいいッ! 外にいる奴は近くの建物へ逃げ込め! 絶対外に出てはイカンぞ!」
「ああ⋯⋯これが罰なのか⋯⋯!」
悲鳴、怒声、狼狽、混迷が住民達から上がる。
牧歌的でのびのびした雰囲気だった集落は、侵入してきた驚異によって阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「こ⋯⋯これは一体⋯⋯!?」
大慌てで自宅に転がり込んできた村の男性が告げた衝撃の一言で扉から顔を出したクロムは、村中を闊歩する魔獣達を見て言葉を失う。
こげ茶色の体毛と、口元から伸びる三日月のように長く尖った牙が特徴の、イノシシ型の魔獣、ブルボグ。
ずんぐりした巨体に、頭部は爬虫類を思わせる異形性を持つ、ワニ頭のクマの魔獣、ダイトドン。
耳障りな叫声が響く空を見上げれば、村に帰り着く前にも遭遇した、翼竜のような怪鳥の魔獣、コンドリスが空を我が物顔で飛び回っている。
ブルボグ、ダイトドン、コンドリス。どれもこの森に生息する魔獣だが、家族愛や仲間意識が強い種でならともかく、異種同士で組んで行動することは有識者の常識では考えられないことだ。むしろ接触を避けるか争うかである。
「クロムさん! ここで隠れてて!」
戦慄するクロムを扉の前から押しのけ、ナツが外に飛び出す。ハル、アキ、フユもそれに続いた。
「Elvandhar!」
「Manastherious!」
「Bhelstyleg!」
「Trinsrayme!」
カッ──! と軒先から四色の鮮烈な輝きが村を照らし、四人の手に魔剣が顕現した。
オフからオンに切り替える心身の接続によって、四人はただの日本の高校生から、理外の超越者たる魔剣士へと変貌する。
魔獣共の空気が変わった。いきなり強い光が発したと思えば、空気を捻れさせるような異様なまでの気配と力を放つ者が四人もいるのだ。
「知らねえバケモンもいるぜ。ま、一匹残らず斬るけどな」
アキは《繁栄と衰微の剣》の切っ先を揺らし、ひいふうみいと数えながら殲滅の意志を見せる。
「ペースは考えろよ。ゲームみたいに戦闘不能をアイテムで蘇生なんてできないんだ。くれぐれも飛ばしすぎるな」
ハルは《楽園と冥府の剣》の流れる力を値踏みする。魔剣を使うための制限時間やエネルギーリソースの重要性を、誰よりも身を持って知っているからだ。
「見たところ逃げ遅れた人はいなさそう。もし見つけたら助けるの優先ね!」
ナツは《福音と呪詛の剣》の刃を纏う琥珀色のオーラを無礼な侵入者達に見せつけながら、犠牲を食い止める決意を込める。
「普通なら入ってこない⋯⋯魔獣の群れ。これが、自然に起きたものじゃないなら⋯⋯その原因も、見つけないと⋯⋯っ!」
フユは《真実と欺瞞の剣》の蒼き魔刃を見つめて呟く。魔剣に冠する名の通り、必ず欺瞞を破り真実を突き止めることを誓う。
「──皆さんっ!」
僅かに開いた扉の隙間から、クライドが顔を出して四人に声をかけた。
「奴らが村に入って来たこともそうですが、普通、魔獣は異種族同士で集団行動を取りません! 何らかの異変が起きているとしか⋯!」
「わかりました! とにかく今は事態が落ち着くまで、絶対に家から出ないようにしてください。⋯⋯お前たちも聞いたな?」
クライドに扉を閉めるよう手振りをしながら、ハルは前方を見据えて一歩前に踏み出す。
「おいおい、モンスターのドリームチームってやつかよ。よっぽど指示を出してる『監督』が優秀なんかね。けどオレらのやることは変わんねえ!」
「ああ、あの『不法侵入者達』を最短で片付ける。急いでフレンを探さないとな」
「急にいなくなったのって、きっとフレンも何か思うところがあるんだよ。もっと話しなきゃだね!」
「魔獣が⋯⋯こっちに優先的に来てるなら⋯⋯相対的に、森側の魔獣は、少なくなってるかも。だから、フレンの危険は、少なくなってるかな⋯⋯?」
「ただエオルギスの不安が残ってる。本当に推理した通りフレンの身内ならフレンに危害を加えるとは思えないが、昨日誘拐同然に連れ去った俺たちをどう思ってるか」
「ブルォアアアアアア!!」
剣呑な気配を放つ魔剣を無視できなかったのか、近くうろついていたイノシシ型の魔獣の一体が、興奮した様子でハルを目掛けて駆け出した。
言葉の由来通り猪突猛進という表現が似合う魔獣は、地面を力強く踏みしめながら一直線に突き進む。両の口端から伸びる二本の反った牙が隙だらけで立ったままの標的を捕捉する──が。
キィン! と硬質的な打音によって、その大きな質量の前進はハルに届くことなく止まった。
「牡丹鍋食いてえなあ。食ったことないけど、イノシシは味噌でいただくのが一番美味いらしいぜ」
「ブゴ!?」
余裕綽々でアキが《繁栄と衰微の剣》の刃で、長い牙の刺突を止めた。後ろ脚に力を込めてもそれ以上進むことは叶わず、興奮した野生特有の血走った両眼が驚愕に見開かれる。
「魔獣は死ぬと死体が消える。こいつの肉は食えないだろ」
アキの軽口に苦笑しながら、ハルは《楽園と冥府の剣》の黒く長い魔刃をイノシシの脳天に深々と突き刺した。
「プギィ⋯⋯!」
「悪いな。ここに来てしまった以上、お前は死ぬ運命だった」
ハルは切れ長の双眸で、鼻上の額から串刺しになった長刃を抜き、そのまま横向きに倒れて痙攣するイノシシを見つめながら静かに告げた。
数秒後に物言わぬ骸と化した体は、魔刃の死亡を証明する淡い光となって散り、その場には緑色の小石ほどの霊晶石が残った。
「そんじゃ、気合い入れて狩り尽くそうぜ!」
今やこの場における食物連鎖の頂点に立つ一人であるアキが、残り三人の頂点君臨者を鼓舞する。
熊も、猪も、鳥も、それより上にはない。
自然界の弱肉強食の掟に従い、強者達は死にゆく運命である狩りの標的共を、冷淡に見つめた。
長いミステリーパートを終え、ついにバトル(無双劇)開始!




