空想
柳介と空の背中を見送ってから、夏那は立ち上がった。
残穢を撫でた指を怪訝に眺める。
実際のところ、夏那にも先ほどの現象についてはまるで説明する事が出来ない。
辛うじて推測出来るのは、自分たちが追うべき対象である恭奈と、彼女を吐き出した────消していたモノは別の存在であるという事だ。
後者がどういったモノなのかは、分からない。
人為的な現象なのか、極めて自然的な超常現象なのか。或いは、人ならざる存在によるものか。
(何が原因であれ、厄介な事になってしまった……)
夏那は、柳介と恭奈に降りかかっている現象を、アレの悪戯だと確信している。
長い間アレの悪戯の後始末をしてきた夏那には感覚で分かった。
それだけであれば、自分の経験から解決へ向かうことが出来る。が、別の要因が交わるとなると、話は変わってくる。
夏那は焦っていた。
彼にはタイムリミットがある。彼がこの街の住人であれば、もっと時間をかけ知恵を絞り対処する事が出来るのだが、旅人である彼は明日にはこの街を去らなければいけない。
この街の外へ持ち出されては、どうしようもないのである。
未成年である彼を留めることは難しい。離れた土地を訪れた少年が戻らないとなれば、大事になるだろう。
極めて、人の理解に収まらないようなモノなのだ。出来るだけ、必要のない人物を関わらせたくないというのが、夏那の考えだ。
(残穢が、消えて行ってる)
黒い液体が残した残穢。空に追わせたのはこれだ。
つまり、恭奈自体の痕跡ではない。
この場所の残穢が薄れていっているということは、恭奈の体に染みついた残穢もいずれは消えて、追えなくなってしまう。
(それより前に、彼らが追い付けるといいのだけれど……)
空は優秀な式神だ。柳介をしっかりと導いてくれるだろう。
心配なのは、柳介のほうだ。
こんな状況なのだし当たり前だが、彼は精神的にかなり不安定だ。
空が一緒とは言え、彼だけで姉を追わせるのは心配だ。だが、夏那にはここで確かめたいことがあった。
ここで何が起こったのか。それを出来るだけ調べたかったが、やはり分かるのはアレとは別の何かが干渉しているという事だけだった。
もうこれ以上この場に留まっても、得られる情報はないだろう。
(早く、私も向かわないと)
走り出して、額から汗が一筋流れる。
汗の原因が、気温が上がって来たことだけではないということは、自覚している。
自分も、不安なのだ。
自分の力だけで対処出来ない現象に、焦りと戸惑いを感じている。
この焦燥を、自分を信頼してくれている少年には、悟られたくはなかった。だから、あえて顔を合わせずに走り出させたのである。
山雀柳介。昨日出会ったばかりの高校生。
夏那にとっても、衝撃の出会いだった。
彼がアレの悪戯に巻き込まれているという事に気がつかなければ、確実にビンタを喰らわせていただろう。
彼がついてくるかどうかは賭けだった。
普通であれば、見知らぬ相手についてこいと言われても警戒するだろう。
結果、昨日の一件で夏那に負い目のあった彼は警戒しながらもついてきたのだが。
だが、それを抜きにしても彼は素直だ。素直過ぎるくらいだ。
”姉の声”。彼は声に従順だったのだろう。9年間、その声と共に生きてきたのだ。恐らく、依存に近い状態だったはず。
そしてこれも恐らくだが、姉は、柳介の作り出した架空の存在なのだろう。
根拠は、誘拐。
誘拐され、救出されてから姉の声が聞こえるようになったと、彼は語った。
その時のトラウマから逃れるために、幼かった彼自身が作り出した存在。所謂、イマジナリーフレンドや多重人格の類なのではないだろうか。
創られた空想の姉は、消えることなく彼が成長しても残り続け、彼と共に生きてきた。
そんな半身を失った山雀柳介は次なる導き手、姉の代役として、薄縹夏那を選んだ。
だから、従順なのだ。
正直、可愛いと思っている。
代役だとしても、素直に自分を慕ってくれている(のだと思う)彼を、出来るだけ彼にとって理想の形で戻してあげたいと。
(私も山雀くんの事を、弟のように思っているのかもしれない)
きょうだいと呼べる存在の居ない夏那には、それが実際に弟に向ける感情なのかは、イマイチ分からなかった。




