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五つの塔の城  作者: 春凪とおる


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第二話 欠けた城

城の中は、外から見たよりも広かった。


最初の広間には、割れた鏡が壁一面に並んでいた。

鏡はどれもひび割れていて、私の姿をばらばらに映した。


右目だけの私。

肩だけの私。

裸の親指だけの私。

裂けたソックスだけの私。


広間の奥には階段が五つあった。

それぞれの階段の上には、古い文字で名札がかかっている。


「親指の塔」

「人差し指の塔」

「中指の塔」

「薬指の塔」

「小指の塔」


私は思わず自分の右足を見た。

五本指ソックス。


この城は、足の指と関係があるのか。

ばかげている。

そう思ったが、ここまで来ればばかげていないものの方が少ない。


私はまず、親指の塔へ向かった。

破れているのは親指の部分だったからだ。


階段は狭く、石は湿っていた。

上へ進むほど、足元から冷気が上がってくる。

むき出しの親指が石に触れるたび、痛いほど冷たかった。


塔の頂上には、小さな部屋があった。


部屋の中央には、私の古い靴が置かれていた。

それは小学生の頃に履いていた運動靴だった。

白いはずなのに泥で茶色くなり、つま先が少し破れている。

見覚えがありすぎて、胸の奥がちくりとした。


その靴の横に、白い破片が落ちていた。

拾おうとすると、背後で声がした。


「また拾うの?」


振り返っても誰もいない。


「拾って、しまって、忘れるの?」


声は私自身の声に似ていた。

けれど少し幼い。


私は破片を拾った。

すると、部屋の壁に映像のようなものが浮かんだ。


小学生の私が、校庭に立っている。

運動会の日。


靴のつま先が破れて、親指が少し出ている。

隣の子がそれを指さして笑う。

周りの子も笑う。

私は笑い返そうとして、うまく笑えない。


帰り道、私は母に「新しい靴がほしい」と言えなかった。


家計が苦しいことを子どもなりに知っていたからだ。

だから私は、破れた靴を履き続けた。


そんな記憶、忘れていた。

いや、忘れたふりをしていた。


破片は冷たかった。

けれど握っているうちに、少しだけ温かくなった。


部屋の扉が開いた。

私は塔を降り、広間へ戻った。

残る塔を順に巡った。


人差し指の塔には、答えが分かっていたのに手を挙げられなかった教室があった。

中指の塔には、断れなかった仕事と止まった時計があった。

薬指の塔には、最後に手を離した人の背中があった。


私はそれぞれの部屋で白い破片を拾った。

ひとつは指先を切り、ひとつはひどく重く、ひとつは指輪のように丸く欠けていた。


最後は小指の塔だった。


いちばん小さい塔なのに、入口は最も暗かった。

階段も細く、壁に肩が触れるほど狭い。

私は足を引きずるようにして登った。


右足の親指は冷えきり、感覚がなくなりかけていた。


頂上の部屋には、何もなかった。

ただ、床の中央に小さな布切れが落ちていた。


それは、五本指ソックスの親指部分だった。

破れて失われたはずの布。


私はそれを拾い上げた。

すると、布の下から最後の破片が現れた。

その破片は、ほかのどれより小さかった。


けれど、最も鋭かった。

触れた瞬間、私は暗い部屋にいた。


今の自分の部屋だった。


夜。私は布団にくるまり、スマートフォンの画面を見ている。

誰かに連絡しようとして、やめる。

やりたいことを検索して、閉じる。

旅行の写真を眺め、保存だけして終わる。

新しい靴下を買おうと思い、カートに入れてそのままにする。


小さな我慢。

小さな諦め。

小さな嘘。


小指のように小さいものだから、見逃してきた。


けれどそれらは積もって、私の中に城を作った。

誰も入れない城。

自分さえ出られない城。


私はその場に座り込んだ。

五つの破片を並べると、それぞれ形が違っていた。


親指の破片は土台。

人差し指の破片は門。中指の破片は塔。

薬指の破片は窓。小指の破片は鍵。


それらは何かの一部だった。

城の一部。


いや、私の一部だった。

私は欠けたまま生きてきたのだ。


忘れた痛み、示せなかった思い。

折った誇り、選ばなかった幸福、小さな諦め。

それらを欠けたままにしていた。

何も失っていないような顔で、毎日を過ごしていた。


だから、朝、五本指ソックスが破れたのだ。

身体のどこかが、もう隠しきれないと知らせたのだ。


小指の塔が震え始めた。


床にひびが走り、壁が崩れ落ちていく。

私は破片を抱え、階段を駆け下りた。

広間へ戻ると、五つの階段も崩れ始めていた。

鏡が次々に割れ、無数の私が床に散らばる。


城全体が壊れようとしている。


私は門へ向かった。


門には、五つの穴があった。

最初に見たときには気づかなかった。


親指、人差し指、中指、薬指、小指の形に似た穴。

私は破片を一つずつはめ込んだ。


親指の破片。

人差し指の破片。

中指の破片。

薬指の破片。

小指の破片。


最後の破片を入れた瞬間、門が白く光った。

そして、城が泣いた。


石がきしむ音ではなかった。

風の音でもない。

長いあいだ閉じ込められていたものが、やっと息を吐くような音だった。


門が開く。

外には霧ではなく、朝の光があった。


私は歩き出そうとした。

けれど、右足の親指が動かなかった。


見ると、破れたソックスの先から、まだ小さな破片が刺さっていた。

透明に近い、見落としてしまいそうな破片。


私はそれを抜いた。

痛みが走った。


その破片には、何も刻まれていなかった。

ただの欠片だった。

でも私は分かった。


それは、理由のない痛みだった。

誰のせいでもなく、何かの意味もない。


ただ傷ついた記憶。

説明できない寂しさ。

名前をつけられない不安。


そういうものまで、私は意味がないからと捨てようとしていた。

けれど、痛みは意味がなくても痛い。


私はその透明な破片も、門の縁にそっと置いた。

すると、門の光はやわらかくなった。


城は少しずつ崩れていった。

だが、それは破壊ではなかった。

古い殻がほどけていくようだった。


五つの塔は粉になり、灰色の空へ舞い上がった。

石壁は光になり、風に溶けた。

最後に残ったのは、小さな白い靴下だけだった。


五本指ソックス。

破れていない、新しいもの。


私はそれを手に取った。

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