第9話:肝試し
アルキュオネとロージェスタ、それにエレクトラの三人は、カウスメディアの外れを歩いていた。丘の上と続く緩やかな坂道には、人通りはおろか、街灯もなく、三人は、携帯灯を頼りにそれを登っていた。
「優勝できなかったのはあんた達のせいでしょう? 何で私まで付き合わされてるんだか……」
先頭を行く――いや、正確には、先頭を行かされている――エレクトラが、何度目かの悪態をついた。
「私達に言わないでよ」
「決めたのは先輩方だから」
「だから、何で私なのよ!」
アルキュオネは肩をすくめた。
「……まあ、生意気だから、とか?」
「ちょっとアーネ!」
慌ててロージェスタが諫める。刺すような視線でエレクトラは振り返った。
「何? どういうこと?」
ロージェスタは苦笑した。
「エレクトラはかわいいから、いじめたくなるのよ、きっと」
「あー、そうそう」
アルキュオネが適当に相槌を打つ。
「意味わかんない!」
エレクトラは大きく息をついた。
* * *
「着いたわよ」
エレクトラが言う。丘の上に広がる『デフロスト霊園』は、カウスメディア屈指の広さを誇る墓地だった。三人はその門の前に立っていた。園内の雰囲気に、アルキュオネとロージェスタは、エレクトラの両側の背後から彼女へと縋るように近づく。
「私、夜の墓地って初めて来た……」
「怖~い! 何か出そう!」
怯えるアルキュオネに、エレクトラは顔を顰めた。
「あんた馬鹿なの? 幽霊なんている訳ないじゃない!」
「で、でも、科学では説明できないものも、この世には存在すると思うの……」
恐る恐るロージェスタが反論する。
「は? ロージェまで何言ってんの? あんた、科学の成績、私より良かったじゃん」
「せ、成績は関係ないから」
「赤点のあんたが言うな」
口を挟むアルキュオネを、エレクトラは鋭く睨んだ。
「とにかく、いないという保証はないから」
ロージェスタが宥めるように言ったが、エレクトラは鼻を鳴らすと墓地に向き直った。
「いないに決まってる! 存在する証拠がないんだから」
「あ! あそこ!」
突然のアルキュオネの声に、三人は思わず身をすくめる。
「何?! 何?!」
「何か動いた!」
エレクトラは息をついた。
「……猫よ」
キラリと光る二つの目に、安堵の息をつきながら、アルキュオネは天を仰いだ。猫に向かって手を払う。
「も~、脅かさないでくれる? ほら、あっち行って!」
「アーネ、可哀想でしょ」
「それより、二人ともしがみつかないでくれる?」
「だって~!」
「怖いんだもの~!」
「……あー、うざすぎる……」
一番小柄なエレクトラを挟み込み、何なら彼女を前に押し出すようにして、三人は寄り添っていた。
「で、地図は?」
「はい」
アルキュオネから受け取った地図を灯りに照らして、エレクトラは再び顔を顰めた。
「何これ? どんだけ奥なの? しかも絵が雑だし」
「『ミッション:ここに置いた記念ボールを取ってくること』……か」
ロージェスタがメモを読み上げる。アルキュオネは肩をすくめた。
「私達、相当かわいがられてるってことね」
地図から顔を上げると、エレクトラは墓地の奥を睨んだ。
「まあいいわ。とっとと終わらせましょう!」
* * *
何度も叫び声を上げながら、三人は墓地の奥へと進んでいた。
「ねえ、ロージェ……墓地とかで見る、青白くてふわふわ漂う光って、何て言うの?」
不意に、妙に明るい声でアルキュオネが聞く。ロージェスタは顔を顰めた。
「ちょっと、何で今そんなこと聞くの?」
「いいから教えて!」
「そうね。燐火、とか?」
「そう。その燐火が見えるんだけど……」
引き攣った笑顔に、ロージェスタは目を見開いた。
「嘘? どこ?!」
「ほら! あそこ!」
「え、私には見えないけど……」
頭上で騒ぐ二人に、エレクトラは苛立った声を上げた。
「リンの自然発火現象よ!」
「え、リンってあんなに青白く燃えるの? ほら、見てよ!」
驚いたアルキュオネは必死に指を差したが、エレクトラは前を向いたままだった。
「見ない」
「……何で?」
「燐火なんて存在しないから」
眉を顰めたロージェスタが、恐る恐る尋ねる。
「エレクトラ、もしかして、怖い?」
エレクトラは顔を引き攣らせた。
「怖くない! 燐火もない!」
* * *
「あー、もうダメ。驚き過ぎて疲れた……」
ふらつく足取りでアルキュオネが呟いていた。
「頑張って。もう少しだから」
「本当にどうしようもないわね」
元気づけるロージェスタに対し、エレクトラは吐き捨てるように言った。アルキュオネは顔を顰めると、一層強くエレクトラの左腕を掴む。
「エレクトラだってドキドキしてるじゃない。ちゃんと伝わってるんだから」
「これは!……違うわよ」
二人のやり取りに苦笑したロージェスタは、目を細めて前を見渡した。
「もうすぐのはずよね」
促されて、エレクトラは灯りをかざす。一際大きな墓標の足元に、何か白っぽいものが見えた。
「あれじゃない? あそこの丸いヤツ」
その時だった。
三人をさんざん驚かせていた木々のざわめきや動物の鳴き声とは明らかに違う音が響き出した。
「びっくりした! 今度は何?」
丘の下の市街地から、幾重にも重なって、不安を掻き立てる音が鳴り響く。
三人は青ざめた。
「……降天のサイレンだわ……」
それは、雲の天蓋の直下を流れる激しい気流が、地表近くに下りてくることを知らせる気象局の警報だった。風の龍の降天時に屋外にいることは、死を意味していた。
「嘘? まだそんな時期じゃないでしょ?!」
「早く逃げないと! 退避坑はどこ?!」
「知らない! こんなところ、来たことないもの!」
ロージェスタはハッとした。
「墓地の入口に地図があったはず!」
しかし、エレクトラは首を振った。
「そんなところまで戻ってたら間に合わない!」
「こっちよ! 来て!」
二人から離れたところで、アルキュオネが叫んでいた。
「アーネ?!」
「分かるの?!」
「早く来て!」
「待って! ミッションはこなさないと!」
ロージェスタはアルキュオネに続こうとしたが、エレクトラは反対向きに走り出すと、暗がりからボールと思しきものを拾っていた。
「取ったわ! 行きましょう!」
二人の元に戻ったエレクトラは、灯りをアルキュオネへと手渡した。
三人は、アルキュオネの先導で、墓地の隅の土手へと走った。土手の周りには、人の背丈ほどのナブラが生い茂り、法面をすっかり覆い隠していた。
「こんなに草が!」
ある場所で立ち止まると、アルキュオネは必死にナブラをかき分け出した。
「本当に、こんなところにあるの?」
心配そうにロージェスタが尋ねる。
「もうやばいわよ!」
エレクトラは背後の天を振り返っていた。風が急速に強くなり、ナブラと共に、彼女達の髪を搔き乱し始める。
「私のお爺様を甘く見ないで!」
藪の中を突き進みながら、アルキュオネは叫んだ。
ナブラをかき分けようとした彼女の手が空を切り、灯りの前に、鋼鉄の扉が現れた。
「「「あった!」」」
蝶番を軋ませながら扉を開いたアルキュオネは、二人を振り返った。
「早く中に!」
二人が飛び込むと、内側に回り込んだ彼女はゆっくりと鉄扉を閉じた。重い金属音が響く。
静寂が訪れたかに思えたが、ほどなく、扉の外では風切り音が暴れ出した。
何段か階段を下りた三人は、20平方リルほどの退避場所で大きく安堵の息をついた。喉が震える。
アルキュオネは、石壁の窪みを探し当て、非常用ランプに火を灯した。ぼんやりと、退避坑の中が照らされた。
「アーネのお爺様、凄いわね。こんなところにまで退避坑を作るなんて」
暫くして、ロージェスタが呟いた。
「もしかして、退避坑の場所、全部覚えてるの?」
エレクトラに聞かれて、アルキュオネは苦笑した。
「まさか! そんな頭なら、赤点なんか取らないわよ……」
ロージェスタが振り返る。
「じゃあ、どうして?」
不意に、アルキュオネは遠い目をした。
「……ここは、一度来たことがあるから……」
ロージェスタとエレクトラは顔を見合わせた。
二人に向き直ると、アルキュオネは微笑んだ。
「とにかく! 無事でよかった。肝試しで死んでたら洒落にならないし。ミッション達成よね?」
「ええ、ボールはここに……」
頷いたエレクトラは、記念ボールを確認しようとして、一瞬硬直し、それを放り出した。石床の上で、奇妙に甲高い音が響く。彼女はアルキュオネにしがみついていた。
「何? どうしたの?」
「ボールじゃなかった……」
ただでさえ大きな目を見開いて、エレクトラは唇を震わせた。
「何? どういうこと?」
灯りを差し出す。光の中に照らし出されたのは、側頭部の欠けた人間の頭蓋骨だった。
「「「髑髏?!」」」
「何何何何?! 何で何で?!」
背後にいるロージェスタごと、アルキュオネは石壁に後ずさった。エレクトラも後を追う。
「知らない知らない! ボールだと思ったのに! い、いつから?」
二人に押し潰されそうになりながら、ロージェスタが怯えたような声を出す。
「エレクトラ、ずっとあれを抱えてたの?」
「ひ~!」
堪え切れずにアルキュオネは悲鳴を上げた。つられて泣きそうな顔になりながら、ふとロージェスタは眉を顰める。
「……あの髑髏、欠けちゃってない?」
「……エレクトラが放り投げたからじゃない?」
アルキュオネが言うと、顔を見合わせた二人は再び悲鳴を上げた。
「呪われる! 呪われる!」
「ごめんなさい! ごめんなさい! わざとじゃないんです。エレクトラに罰を当てないで下さい!」
天井を見上げて喚くアルキュオネの横で、ロージェスタは必死に手を合わせた。
「いや、あの……」
大騒ぎする二人に、エレクトラはなす術もなく立ち尽くしていた。
不意にアルキュオネは真顔になった。
「ダメだ。逃げよう!」
「無理よ! 外は風の龍が!」
扉に向かおうとするアルキュオネをロージェスタが必死に引き留める。アルキュオネはロージェスタに縋りついた。
「だって、髑髏こっち睨んでるしぃ!」
「分かるけどお!」
二人は抱き合って竦み上がる。
「……いや、目、ないから……」
すっかり冷めた表情で、エレクトラは呟いた。




