第3話:本当のこと
本第3話は、「銀翼のキセキ外伝 ミス・エスメーラ達の午後」第2話と同じ出来事を、アルキュオネの視点から再構成したエピソードになります。
扉を開けたアルキュオネは、階段教室の後ろの方に、ロージェスタが一人で座っていることに気付いた。そのまま声をかけようとしたが、彼女が纏った重苦しい雰囲気を感じ取ったアルキュオネは、黙って彼女に近づいた。
ロージェスタは頬杖をついて、黒板のその向こうを見ているようだった。アルキュオネが階段を上がってくると、ゆっくりと視線を向ける。その深く翳った琥珀色の瞳に、アルキュオネは息をついた。鞄を机の上に置いて、彼女の隣の席に座る。
「ロージェ……」
「アーネ、何も言わないで……分かってるから……」
一度、泣き出すのではないかという表情でアルキュオネの顔を見たロージェスタは、机の上に目線を落とした。
「ごめんなさい……せっかくお膳立てしてくれたのに……」
アルキュオネは肩をすくめた。
「私はいいんだけど……ロージェとしてはどうだったの?」
その言葉に、ロージェスタは、アルキュオネから顔を背けるように机に突っ伏した。
「……はあ……全然話せなかった……」
「……だよね……」
「……ああ、つくづく自分が嫌になる……」
小刻みに振られる彼女の後頭部に、アルキュオネは息をついた。
……ダメージ、凄いわね……
「……まあ……でも、顔見知りにはなれたわけだし、次があるわよ」
努めて明るくアルキュオネは言った。
「次? 次はあるのかしら?……」
投げやりな感じで、ロージェスタは呟く。
「……ラスティリアード様、何か言ってなかった?」
アルキュオネは眉根を寄せた。嘘にはならない程度の最大限の言葉で励まさないと!……
「まあ……美しい方だったとは言ってたかな?」
一瞬の間を置いて、ロージェスタは飛び起きた。余りの勢いに、アルキュオネは思わず身を引いた。
「え? そうなの?!」
琥珀色の瞳に光が宿っていた。……復活、早いわね……
「う……うん」
「それで、他には?!」
身を乗り出すロージェスタに気圧されて、アルキュオネは目を逸らした。
「えーと……ロージェにハンザ・ミルなんかやらせるなって怒られた……」
「……え……そう……そうよね!……」
どういう道理なのか、微笑んだロージェスタは何度も頷く。
「何? どういうこと?」
「……ううん、何でもない。それで?」
……え……他になんかあったっけ?……
「だから……ロージェは捕球がうまいって言っといたわ」
苦し紛れのアルキュオネの言葉に、ロージェスタは目を見開いた。
「え?……ええっ?!……」
蘇ったばかりの瞳の光が、見る間に失われていく。
「何? 何? どうしたの?」
「……アーネ、どうしてそんなことを……」
ロージェスタはよろめくように椅子の背に寄り掛かった。何か起こったのか分からず、アルキュオネは眉を顰めた。
「だってそうでしょう?」
「……ああ……」
ロージェスタは天を仰いだ。耐えられないように目を閉じる。アルキュオネは苦笑した。
「……どうしてそんなこの世の終わりみたいな顔してるの?」
そう言われて、ロージェスタはアルキュオネを見つめた。唇が小さく噛み締められている。微かな眉間の皺は、その抗議がアルキュオネに向けられたものであることを物語っていた。
「……え……もしかして私が原因?……」
ロージェスタは目を伏せた。
「……ラスティリアード様が、うら若い娘が、太腿を人前に曝け出して駆け回るものではないって……」
「はあ?」
「……ああ、どうしよう……」
唖然とするアルキュオネの前で、ロージェスタは頭を抱えた。
アルキュオネは深々と息をついた。宥めるように、なるべく優しい声音で話しかける。
「……それはきっと、うちの父の言葉よ。ラスティとは、中等院の頃からよく試合してて、うちの女子チームとも仲良かったもの。そんな風には思ってないと思う」
その言葉の意味が沁み込むと、ロージェスタはゆっくりと顔を上げた。
「……そうなの?……」
アルキュオネは微笑んだ。
「そう。だから大丈夫。そんなことで、ロージェを見る目は変わらないって」
「……そうかしら……」
「そうよ!」
力強く頷いたアルキュオネに、ロージェスタの顔からは懊悩の色が薄らいだように思えた。しかし、再び眉根が寄せられる。アルキュオネを見つめる瞳に、別の光が掠めた。
「……どうした?……」
「……思ったんだけど……」
ロージェスタはアルキュオネから目を逸らした。
「何?」
「……アーネは、ラスティリアード様と仲がいいのね……」
若干の躊躇の後、ロージェスタはゆっくりと言葉を押し出した。
「え、そうかな?」
ロージェスタは再び天を仰いだ。
「ああ、私も従妹だったらよかったのに……」
「え?!……いやぁ、従妹だったら好きにはならないと思うけど……」
慌ててアルキュオネは手を振った。
「どうして? とても魅力的じゃない」
「えー……」
「違うの?」
……そりゃあ、ロージェはあいつの外行きの顔しか見ていないもの。従妹だったら、取っ組み合いの喧嘩をしたり、数学ができないことをひどく馬鹿にされたり……そもそも、女扱いされた試しがないし……。
……でも……それでも……あなたがあいつを選んでくれるなら……
「……まあ、魅力的かどうかはおいといて……」
アルキュオネは腕を組むと、ロージェスタを正面から見据えた。
「ロージェスタ嬢は、うちの従兄を気に入った……ってことでよろしい?」
「え?……い、いえ、私は別に……」
直接的な表現に、ロージェスタは激しく狼狽した。後れ毛を掻き上げると黒板の方に向き直る。アルキュオネは苦笑した。
……今更取り繕う?……
「ロージェ」
アルキュオネは、ロージェスタが膝の上に置いた手に自分の手を重ねた。
「私はあなたのことを応援したい。だから、本当のことが知りたいの」
「アーネ……」
驚いてロージェスタはアルキュオネを見つめた。
「どうなの?」
アルキュオネの真剣な青い視線に耐えられずに、ロージェスタは俯いた。口を噤む彼女の首筋から頬がみるみる薔薇色に染まる。ロージェスタの手から、恥じらいがアルキュオネに伝わるようであった。それでも、逡巡を振り切ろうと、唇が微かに動く。
その姿の愛おしさに、アルキュオネは胸が締め付けられるような気がした。私にもこんな時があったのだろうか?……
彼女は苦笑した。
「……いいわ、言わなくて。こっちまで赤くなる……」
一瞬アルキュオネを見たロージェスタは、再び顔を伏せた。頭から湯気が上がるかのようであった。
「……ごめん……」
ロージェスタから手を離したアルキュオネは、何気なくその手をもう一方の手で包み込んだ。黒板の方に向き直る。
通路の下からは、エレクトラが上って来るのが見えた。そろそろ潮時だ。
「そういうことなら、本格的に応援するわ。仕掛けやすい相手だしね」
正面を向いたまま、微笑みながらアルキュオネは言った。
「……ありがとう……アーネ……」
「……まあ……どこがいいのかはわかんないけど……」
ロージェスタの言葉に、天を仰いだ彼女は呟いた。
「何?」
「ううん。何でもない!」
「おはよう、アーネ! ロージェ!」
エレクトラの元気な声が響く。
「「おはよう、エレクトラ!」」
通路を挟んだ隣の席に腰を下ろすと、エレクトラは、短く刈られた濡羽色の襟足を掻きながら息をついた。
「ねえ、レポートできた? 私、明け方までかかっちゃってさ……」
「え? レポート?」
アルキュオネは血の気が引いた。
「しまった! 完全に忘れてた!」
ラスティとザウテル様の件にすっかり気を取られてた!……
「は? あんたまたなの?」
エレクトラは、呆れたように顔を顰めた。
「今回は違うのよ!」
慌てるアルキュオネの隣から、黙ってノートが差し出された。驚いてロージェスタの方を見る。彼女は正面を向いたままだった。
「ありがとう、ロージェ! 恩に着るわ!」
そう言いながら、早速ノートを写し始めるアルキュオネに、ロージェスタは息をついた。
「いいのよ。私、アーネと一緒に卒業したいもの」
その言葉に、アルキュオネは苦笑いするしかなかった。
……ロージェ、時々毒があるのよね……
「銀翼のキセキ外伝 もう一人のクロネッカ」をお読み頂きましてありがとうございます。第4話については、通常通り、水曜22時の公開を予定しております。引き続き、お付き合い頂ければ幸いです。




