第2話:綻びを知った者
家督相続式の後、クロネッカ宗家の来客用寝室に入ったアルキュオネは、寝衣に着替え、鏡台の前で髪を梳かしていた。着替え中のラスティリアードとの会話を思い返す。まあ、二人きりの時間が十分だったとは言えないが……
「ロージェ……あいつと話せなかったんだ……」
もう少し、何かやり方があったのだろうか……。あのちょっとした騒動の後、彼女と再び顔を合わせることはできなかった。ロージェは満足……できてないわよね、きっと。ふと、彼女の流れるような銀髪を思い出す。自分の、ブラシに絡まるような癖毛とは違って、彼女の髪は、ハンザ・ミルの試合の時に髪留めが外れてしまうほど滑らかだった。
「……向日葵か……」
鏡越しに、部屋の隅に掛けられた山吹色のドレスに目をやる。彼女に言われて、思い切って新調してみたが、果たしてどれほどの効果があったのだろうか? 鏡の前で、何度か物憂げな表情は練習してみたものの、ザウテルの前では披露する勇気がなかった。そもそも、物憂げな向日葵というのが矛盾している。
せめて、ラスティに感想を聞こうと思っていたのに、家督相続の件で、父が彼を北の棟へと連れて行ってしまった。
彼女は、不意にブラシを動かす手を止め、大きく溜息をついた。
「……み~んな、ラスティ、ラスティ……」
乱暴にブラシを放り出すと、彼女はベッドへと近づいた。うつ伏せのまま倒れ込む。
彼女は、ベッドに埋もれなかった左目だけで、部屋の片隅を見つめていた。ゆっくりと瞬きする。
家督相続式で、反対を表明する宝玉『蒼輝』が壺に入れられることなど、未だかつて例のないことであった。しかも五大貴族のクロネッカ家に対して、である。ラスティリアードは特に気にした様子ではなかったが、彼女の父の面目は丸潰れと言ってよかった。しかし――
少しだけ、ほんの少しだけだが、「いい気味だ」と思う自分がいた。ロージェスタもザウテルも、そして父も、みんな彼を見ているんだもの。彼女はベッドに顔を埋めた。
「……ああ、自分が嫌いになりそう……」
彼女はシーツに塞がれた口で唸った。
違う!……悪いのは『蒼輝』を入れた人だ。一体誰が……。思い当たる人物はいた。ハイスだ。あいつは、小さい時からラスティに対していつも意地の悪いことをしていた。だから、リーデンブロイ家の当主になったのをいいことに、きっと……
アルキュオネは急に身を起こした。別れ際のザウテルの言葉を思い出す。
『……我ながら、意地の悪いことをしたものだ……』
え?……
ベッドの上で、慌てて向きを変える。
待って!……どういうこと?!……
背中から湧き上がった寒気が、頭の先まで駆け上がる。耐えられずに、彼女は身震いした。
そんな?!……だって二人は……え?!……
アルキュオネはベッドから飛び降りた。両腕を抱えて、意味もなく部屋の中を歩き回る。じっとしていると、湧き上がる震えに耐えられない気がした。
どうしてザウテル様が……そんなことを……
「知らせないと!」
部屋を飛び出そうとドアの取っ手に手をかけて、彼女は踏み止まった。
誰に? ラスティに? それとも父に?
そもそも、言ってどうするの?……いえ、絶対に言ってはいけないことだわ……
彼女はゆっくりとベッドの上に戻った。
落ち着いて。まだ、そうと決まった訳じゃない。それに、仮にそうだったとしても、何かが変わる訳でもない。ラスティは家督を相続したわけだし……
彼女は深呼吸した。
そうだ。ザウテル様がカウスメディアに戻られた日、ラスティとも会っていたはず。あの日、あいつは帰りが遅くて、父に怒られていたわ。あの時に、きっと何かあったのでは? 『ラスティが変わった気がする』ってどういうこと? 私には、変わったようには見えないけど……
アルキュオネは、天井を仰ぐと目を閉じた。沈黙が流れる。
やがて、彼女は青い瞳を開いた。
いいわ。便利な妹、やってやりましょう。どちらに秘密があるのか知らないけど、この目で見極めてみる……
アルキュオネは、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。息をつく。
「……あ~あ、いっつも厄介事ばっかりね……」
そう言いながら、彼女は自分を鼓舞していた。揺らぐことのないと思っていた二人の関係に、綻びを見てしまった不安を押し殺して――
「銀翼のキセキ外伝 もう一人のクロネッカ」をお読み頂きましてありがとうございます。本第2話は、本編第二章第8節「銀の聖翼」で、ラスティが北の棟へ行った後の出来事になっています。
本外伝については、毎週水曜22時の公開を目指しております。引き続き、お付き合い頂ければ幸いです。




