プロローグ:雲の天蓋
聖なる書、『神説典』は言う。昔、人には翼があったと。
世界を創造された主は、九日目、人を作り賜うた。そして、その最後にして最高の作品に、主は、鎧牛に勝る立派な角と、獅子に勝る鋭い牙と、熊に勝る強靭な爪と、鷹に勝る大きな翼をお与えになった。主は、その姿をご覧になって良しとされた。
最初の人ネッドは、主より授かったその力を使って、僅か四十二日でこの地上を制し、獣達の覇者となった。そして、人は豊穣なる大地に王国を築いた。これは、後に『最初の都』と呼ばれ、また、人が地上を治めるのに要した四十二日間は『月』と呼ばれるようになる。
時が過ぎたある時、地上の統治に飽きた若き人の王シンは、主の御座へ行ってみようと思い立った。彼は大きな翼を広げて、天へと舞い上がった。半日かかって天の宮殿に着いた時、そこに主はおられなかった。シンは宮殿の中へと足を踏み入れた。
そこで、彼は宝箱を見つけた。彼が蓋を開けると、中には輝かんばかりの『知』と『理』と『火』が入っていた。その美しさに、シンは心を奪われた。やがて、彼の胸には悪しき想いが湧き起こった。彼はその三つの宝を口の中に隠すと、急いで宮殿から立ち去った。
夜が近づき始めた頃、主は宮殿にお戻りになった。そして、すぐにすべてを悟られた。主は、シンの所業に大いにお怒りになり、あと僅かで地上に着こうとしていた彼に向かって、雷の矢を投げつけられた。シンの体は、灼熱の紫炎に焼かれた。彼の角は折れ、牙は抜け、爪は剥がれ、翼は焼け落ちた。
やがて、三つの宝を取り戻すため、主が地上に降りて来られた時、みすぼらしい姿に変わり果てたシンをご覧になって、主は憐れに思われ、宝を飲み込んでしまった彼の腹を断ち割ることは思い留まられた。主は言われた。
「シンよ、お前は犯してはならぬ罪を犯した。お前は罰せられなくてはならない。お前は、これからの時を、毛皮さえ失ったその姿で生きるのだ。お前は、夏の暑さに悶え、冬の寒さに凍えるだろう。お前が今まで治めていた獣達は、揃ってお前を襲うようになるだろう。お前に安息はなく、恐怖がお前の身を責め苛むだろう。しかし、お前が盗んだ『知』と『理』と『火』は、お前に与えよう。お前が使い方を誤らねば、お前は再び万物の霊長になれるであろうことを、私はここに約束しよう。何故なら、お前が得たものは、私の技だからだ。しかし、そうなるまでは茨の道であることもまた、私はここに約束しよう。お前は、地上の主になるのに、以前の四千倍の時間を費やさねばならない。そして、苦しみながらもなお、お前は生きるのだ」
そうして、地上を去られた主は、大地の上に厚い雲の蓋をされ、その下に風の龍を住まわせられた。
こうして、罪を犯した人は、大地に縛られたのである。
* * *
高い塔の上で、少女は息をついた。
「だから、あの雲の天蓋の向こうに、本当は何があるのかを、見に行くことはできない……」
本外伝の冒頭を、少しだけ修正というか、文章を追加したいと思います。




