第1話:祝宴の片隅で
ラスティリアードの家督相続に立ち会うため、クロネッカ宗家の大広間は、カウスメディア中の貴族達で溢れていた。その大勢の紳士淑女の間をすり抜けて、アルキュオネ=ミルリナ=クロネッカは、親友のロージェスタ=ラテシア=ブリザルディアを探していた。ようやく彼女を目にしたアルキュオネは、感嘆の声を上げた。
「まあロージェ! 何てこと! とっても素敵よ!」
一人不安そうな表情を浮かべていたロージェスタは、彼女の声に気付いて顔をほころばせた。
「ありがとう、アーネ……」
アルキュオネは、一歩身を引くと、赤いドレスの親友の全身をまじまじと眺める。
「本当に、燃えるような赤ね。あなたの髪色に凄く似合ってる!」
ロージェスタは一瞬視線を落としてはにかむと、アルキュオネに目を向けた。少し顔を近付ける。
「アーネこそ。そのドレス、向日葵のイメージね」
ロージェスタに言われて、アルキュオネは自慢げに胸を張った。
「まあね。この間聞いたから、試してみたわ」
そういうと、彼女は申し訳なさそうに眉根を寄せた。
「ごめんね、遅くなって。ちょっとハイスに引っ掛かってて……」
「ハイス?……ああ、リーデンブロイ公ね」
頷いたアルキュオネは露骨に顔を顰めた。
「事あるごとに絡んでくるけど、あいつ、嫌いなのよね……。で、どう? ラスティには会えた?」
ロージェスタの顔が曇る。
「それが……見つけられなくて……」
「分かった。私に任せて。あいつ、こういうパーティーとか得意じゃないから、きっとバルコニーか庭に出てるわ」
「……え?……」
余裕の微笑みを見せるアルキュオネに、ロージェスタは微かに眉根を寄せた。そのまま目を伏せる。
「……何?……」
「……アーネは……ラスティリアード様のこと、よく分かっているのね……」
「まあ、長い付き合いだからね。それがどうかした?」
「……いえ……何でもない……」
「とにかく、行ってみましょう!」
アルキュオネは、山吹色のドレスの裾を摘まみながら、颯爽と歩き出した。慌ててロージェスタが続く。
二つ目のバルコニーを覗いた時、二人はそこにラスティリアードとザウテルがいることに気付いた。アルキュオネはロージェスタを振り返った。
「いい?」
「待って!」
胸の前で両手を握り締めたロージェスタは、目を閉じると、ゆっくりと深呼吸をした。息を吐き終わると小さく頷く。アルキュオネも頷くと、バルコニーへと足を踏み入れた。
「ここにいたの」
彼女の声に、二人とも振り向く。
「お二人にご紹介するわ。こちら、私のお友達のロージェスタ=ラテシア=ブリザルディア。エリリア修学院のミス・エスメーラよ」
そう言うと、アルキュオネは脇に寄って、ロージェスタを前に進ませた。彼女は頭を下げた。
「……こちらは、私の従兄で今日の主役のラスティリアード=ヴァリス=クロネッカと、そのお友達のザウテル=フィルノア=エッセンニーカ」
二人は、ロージェスタの美貌に目を奪われたようだった。彼らの表情に、アルキュオネには、誇らしいような、妬ましいような、複雑な気持ちが一瞬湧き上がった。
「ようこそ、我がクロネッカ家へ」
ラスティリアードが頭を下げた。
「そう、こちらがブリザルディア家の御令嬢ですか。いや、噂に違わず何とお美しい……」
ザウテルは溜め息を漏らした。
「……ありがとうございます……」
ロージェスタは頬を染めてはにかんだ。
「ザウテル様、あちらに十五年ものの葡萄酒が用意してありますの。参りましょう!」
強引にザウテルの腕を取ると、アルキュオネは彼を広間へと引き入れた。
「ロージェ、後はよろしくね!」
去り際にそう言って、アルキュオネはラスティリアードにウインクした。ザウテルはバルコニーに視線を残したが、やがて得心したように頷くと、彼にとっては小柄なアルキュオネを黙って見下ろした。
葡萄酒のテーブルへと来たアルキュオネは、並べてあったグラスを二つ手に取り、一つをザウテルへと手渡した。ニッコリと微笑む。
「改めまして、一年間ものお勤め、誠にお疲れ様でした」
頭を下げた彼女に、頷いたザウテルはグラスを掲げた。
「では、準ミス・エスメーラに」
アルキュオネは目を瞠った。
「ご存じでしたの?!」
ザウテルは柔らかな笑みを浮かべた。
「アーネのことなら何でも知っているさ」
「ま! お上手ですこと」
グラスが軽く打ち鳴らされ、二人は葡萄酒に口を付けた。
ザウテルはグラスを見返した。
「なるほど……ウィリアード公の見立てだな?」
「まあ、本当に何でもお分かりですのね」
「……そうでもないさ。俺にも分からんことはある……」
呟くように言うと、ザウテルは、ラスティリアードのいるバルコニーに目をやった。アルキュオネも少し不安げにロージェスタを見た。会話は弾んでいるだろうか?
「……最近、ラスティはどんな感じなんだ?」
「え?」
突然の話題に、アルキュオネが眉を顰めると、苦笑したザウテルは乱暴に後頭部を掻いた。
「いや、一年も会っていないからな。何かちょっと変わった気がして……」
彼女は少しだけザウテルに顔を近付けた。
「それでしたら、私も一年間お会いしていませんよ」
彼は穏やかに微笑んだ。
「そうだな。アーネは見違えるほど女らしくなったよ」
「ありがとうございます」
頭を下げながら、彼女は、心の奥がチクリと痛むのを感じた。そんな言葉がさらりと出るのがザウテルらしい。しかし、それは彼女だけに向けられる言葉ではなかった。
気を取り直して、彼女は言った。
「彼とスプレッツァード様との約束はご存じで?」
「ああ、修学院卒業後一年間は考える時間が欲しいってやつだな」
「はい。それで、最近はよく家を留守にしているようですけれど」
「そうか……」
眉根を寄せると、ザウテルは息をついた。物憂げな彼の態度に、アルキュオネの胸が再び小さく痛む。
彼の顔を覗き込んだ彼女は、明るく話しかけた。
「何か気になることがあれば、お知らせしましょうか?」
「そうだな。そうしてもらえるか?」
「分かりました」
「済まないな」
「いいえ。とんでもない」
微笑みながら、アルキュオネの心は暗く沈んでいた。
……結局、便利な妹でしかない……それでも、私はそこにしがみつくしかないのだ……
軽んじられているわけではない。きっと、気にもかけてもらえているのだろう。しかし――
圧倒的に遠いのだ。触れられる位置に――いや、実際に触れる位置にいるのに、触れてもらえることはない。滝壺に落ちる水が再び舞い上がることのないように、想いはただただ吸い込まれていく――
「皆様、只今より採決の結果を発表致します!」
アナウンスが広間中に響き渡った。バルコニーから戻るラスティリアードを、ザウテルは複雑な面持ちで見ていた。その視線に、アルキュオネは羨望を感じざるを得なかった。
……いっそ私が男だったら、ラスティのように、もっと彼に近づくことができるのだろうか……
不意に、ザウテルは葡萄酒を飲み干した。
「すまない、今日はこれで失礼する」
「お見届けにならないので?」
驚いたアルキュオネに、ザウテルは苦笑した。
「家督の相続は決まっているだろう」
そう言うと、彼は息をついた。
「……我ながら、意地の悪いことをしたものだ……」
呟いた彼は、気を取り直して笑顔を作った。
「アーネにカラウリア島の土産があるんだ。今度持っていくよ」
「お気遣いありがとうございます」
「なあに、かわいい――いや、失礼。見目麗しい妹のためさ」
右手を上げると、ザウテルは大広間を出ていった。
その後ろ姿を見つめながら、アルキュオネは小さく唇を噛んだ。
「銀翼のキセキ外伝 もう一人のクロネッカ」をお読み頂きましてありがとうございます。本編は、常にラスティの視点で語られていましたが、この外伝では、彼の従妹であるアルキュオネの視点から、彼の視点では見えなかった銀翼の世界をもう少し書いてみようと思っています。
本第1話は、本編第二章第7節「家督相続式」の裏側で起きた、ちょっとした出来事になっています。また、「銀翼のキセキ外伝 ミス・エスメーラ達の午後」の第1話「理由もなく訪問なんてできないわ」は、本第1話の前日譚に当たります。
本外伝については、毎週水曜22時の公開を目指しております。引き続き、お付き合い頂ければ幸いです。




