表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀翼のキセキ外伝 もう一人のクロネッカ   作者: 刹那メシ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/18

第15話:どうして?

 喫茶店『メギル・メギル』でエレクトラとロージェスタが座ったのは、奇しくも、以前アルキュオネとエレクトラが座った窓際の席であった。店内は、甘い香りと和やかな空気で満たされていたが、二人の周りまでは届いていないようであった。エレクトラ自身、もう少し穏やかな雰囲気で話せると思っていた。しかし、そうはできない知らせを、彼女は直前で受け取っていた。

「この間、私のミドルネームの話してたよね?」

 腕を組んだまま、窓の外を見ながら、エレクトラは話していた。

「あ……ああ。ごめんなさい。つい興味本位で……」

 ロージェスタは頭を下げた。

「……ロージェには教えるわ……」

「え?」

 エレクトラはロージェスタを見据えた。

「Bは……ベアトリクスよ」

「ベアトリクス……第72代女王と同じ名前ね。なるほど、お父様の願いがこもってるのね」

 ロージェスタの言葉に、エレクトラは目を伏せた。ゆっくりと腕組みを解く。

「……ロージェ……」

「何?」

 一瞬の躊躇があった。

「……ロージェなら、ベアトリクスの逸話、知ってるでしょ?……」

 ロージェスタは眉を顰めた。

「ベアトリクスの逸話って?」

 エレクトラはちらりと翡翠色の視線をロージェスタに向けた。

「……女色家だったって話……」

「ああ……」

 ロージェスタの軽い相槌に、エレクトラは身を乗り出した。眉根を寄せる。

「それが凄く嫌なの!」

 ロージェスタは微笑んだ。

「大丈夫よ、エレクトラ。たまたま名前が一緒だっただけで、誰もあなたをそんな風には見ないわ」

「誰か、じゃないのよ」

 再び俯くと、エレクトラは呟いた。

「え?」

「とにかく、それが理由。例え親がつけてくれた名前でも……」

 そこで、エレクトラはロージェスタを見据えた。

「……嫌なものは嫌」

 ロージェスタがそれをどう受け取ったかは分からない。しかし、その言葉には、彼女への精一杯の抗議の意味が込められていた。

「そう……」

 ロージェスタは視線を落とした。沈黙が流れる。

 やがてエレクトラは口を開いた。

「例の裁判、毎回傍聴してるんでしょ?」

 顔を上げたロージェスタは目を瞠った。

「どうしてそれを?」

 エレクトラは苦笑した。

「私の父も、あの裁判の行方には興味があるらしくて。それで色々とね」

「そう……」

 ロージェスタは再び俯き、エレクトラは窓の外の雲の天蓋に目をやった。

「雲行き、良くないみたいね」

 暫くの沈黙の後、観念したようにロージェスタは呟いた。

「……ええ……」

 エレクトラは大きく息をついた。聞かなくてはいけないことを、聞く必要があった。

「……で、婚約したんだって?」

「え?!」

 再び、琥珀色の瞳が大きく見開かれた。エレクトラの顔を見返す暫くの沈黙の後、ロージェスタは苦笑した。

「……何でもお見通しなのね」

「相手はダイロンバールの御曹司とか」

 エレクトラの鋭い視線を受け流すように、ロージェスタは目を逸らした。

「ええ。カイゼルリュート様よ。幼馴染で……多分、アーネとラスティリアード様みたいな関係かな。気心の知れた人よ」

 エレクトラは顔を顰めた。

「じゃあ……もう決めたのね?」

 エレクトラの問いに答えることなく、息をついたロージェスタは窓の外の雑踏に目をやった。

「小さい頃から、周りの雰囲気で何となく分かってた。ああ、この人と結婚するんだろうなって……」

 エレクトラは小さく唇を噛んだ。

「なら、どうして……」

 そこで一度、言葉を飲む。

「……どうして、アーネの従兄と」

 ロージェスタは寂しそうに微笑んだ。

「私達が、本当に想いを寄せる方と添い遂げられないことはよく分かってる。だから、相思相愛なんて、所詮、物語の中だけの話だと思っていたわ……」

 そこで、ロージェスタはエレクトラに視線を戻した。

「でも、アーネが言ってたの。例え実らない恋でも、種は蒔かなきゃって。そうしないと、最初からないのと同じになるって。始めなきゃ、終わったとは言えない。だから私は、始めることにしたの」

 目を伏せたエレクトラは苦笑した。

「実らないのに種を蒔くなんて、馬鹿のすることよ」

 ロージェスタの表情は変わらなかった。

「そうよね。でもね。実ることを夢見ている時が、一番幸せな気がするの。例え馬鹿でも」

 顔を上げると、エレクトラは身を乗り出した。

「そんなの惨めだわ。だって、叶わないってわかってるでしょ!」

 思いがけないエレクトラの語気に、ロージェスタは微かに眉を顰めた。

「私は……」

 目を伏せると、膝の上で組んだ指をゆっくり擦り合わせる。

「私は、現実の方が惨めだと思う。でも、なす術もなくその現実を受け入れるよりは、少しでも夢を見たいの。現実を諦められるだけの夢を」

 エレクトラは呆れたように笑った。

「所詮、夢じゃない」

 ロージェスタはエレクトラを見た。その視線に、エレクトラは僅かに身を引いた。

「そう、私もそう思ってた。でも、違ったの。例え叶わなくても、その瞬間は、私にとっては本当のことなの」

 一瞬の沈黙の後、エレクトラは苦笑した。

「意味わかんない」

 ロージェスタは微笑んだ。

「そう?……だってそれは、私が、私の意志で選んだことだから……だから、本当の夢なの」

 エレクトラは口を開きかけたが、言葉にはならなかった。やがて椅子の背に身を預け、目を伏せる。

「……夢でしかない夢もあるのよ……」

 その呟きは、ロージェスタの耳には届かなかった。

 腕を組むと、エレクトラはロージェスタを睨んだ。

「アーネにはどう言うつもり?」

 その言葉に、眉間に深い皺を寄せたロージェスタは目を伏せた。

「……ずっと……考えてる……」

「アーネはきっと……従兄を捨てたと思うわよ」

「そうね……」

 エレクトラは眉を顰めた。

「そうねって……」

 長い沈黙の後、ロージェスタは言葉を押し出した。

「……だから……きっと……アーネも失うことになると思う……」

「いいの?! それで?!」

 思わずテーブルに手をついて、エレクトラはロージェスタへと迫っていた。彼女の視線を避けたロージェスタは苦悶の表情を浮かべた。

「……嫌だけど……どうにもならないの……もう、どうにも……」

 そこにノクティアと紫茶(リラ)が運ばれてきた。エレクトラは体を席に戻した。皿やカップ、ポットが並べられる間、気まずい沈黙が辺りを満たした。

「まあ、美味しそう! 私、ここのノクティア、前から食べてみたかったのよ」

 店員が去ると、明るい声音でそう言ったロージェスタはフォークを手に取った。

「いただきましょう!」

 エレクトラを促す。息をついたエレクトラはゆっくりとフォークに手を伸ばした。

 艶やかな濃褐色のエタルで覆われたノクティアにフォークを入れる。ロージェスタはそれを口へと運んだ。

「おいしい……」

 嬉しそうに微笑む。しかし、琥珀色の瞳からは涙が零れ落ちていた。

「ロージェ……」

 それ以上の言葉が出ないエレクトラに、涙を指で拭いながら、ロージェスタは笑った。

「不思議ね。おいしいと涙が出るなんて……」


* * *


「ありがとう、エレクトラ。今日は誘ってくれて」

 『メギル・メギル』の前で、ロージェスタは笑顔を作った。

 エレクトラは俯いた。本当は、こんな感じになるはずじゃなかった……ロージェを元気づけるって、アーネと約束したのに……

「お礼ならアーネに言って。アーネが……」

 その時だった。二人の前へと馬車がやって来た。

 扉に付いた盾に翼の紋章は、クロネッカ家のものだった。馬車が止まり切る前に、その扉が開いた。転がり落ちるように出てきたのは、アルキュオネだった。

 御者が慌てて飛び降り、彼女を支えようとしたが、アルキュオネはその手を振り払った。彼女の顔は、衝撃の色で満たされていた。

「アーネ?!」

 驚く二人に、彼女は詰め寄った。

「ロージェ! 婚約したって本当!?」

 彼女の言葉に、ロージェスタは目を見開いた。思わず後ずさる。

「どうして?……ラスティが反逆者だから?……彼を捨てるの?」

 アルキュオネの瑠璃色の瞳は、縋るようにロージェスタを見つめた。堪えられずに、ロージェスタは目を伏せた。

「アーネ……ごめんなさい……」

 やがて、ロージェスタは言葉を絞り出した。エレクトラは驚いて彼女を見た。どうしてそんな言葉を……

「……え?」

 一瞬の沈黙の後、アルキュオネは引き攣ったように笑った。

「何で?……」

 ゆっくりとロージェスタに近づくと、彼女の両腕を掴む。

「……何で謝るの?」

 何度も首を横に振る。

「ねえ、ロージェ、どうして?!」

 悲愴な表情で、アルキュオネはロージェスタを激しく揺すった。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 ロージェスタは顔を伏せたまま、声を張り上げた。涙が零れる。

 エレクトラは思わずアルキュオネの腕を掴んだ。

「やめて! アーネ」

「ロージェ、どうして?!」

 エレクトラの声など耳に届いていないように、アルキュオネは泣きじゃくるロージェスタを揺すり続けた。その時――

 平手打ちの音が、街角に響いた。

 口を噤んだアルキュオネは、我に返ったような顔でエレクトラを見た。ロージェスタから離した手で、ゆっくりと自分の頬を押さえる。ロージェスタも驚いてエレクトラに目をやった。

 エレクトラは、アルキュオネを睨んだ。

「正しいからって押し通せないことくらい、あんたにも分かってるはずでしょ!」

 諭すつもりの言葉だったが、最後は叫び声になっていた。

 目を瞠ったアルキュオネは、何も言い返せないまま立ち尽くしていた。

 その時だった。

「いいぞ! クロネッカなんかぶちのめせ!」

 『メギル・メギル』の周りにできた人だかりから、ヤジが飛んだ。

 驚いて、アルキュオネは群衆に目をやった。

 老若男女、全ての目が彼女に向けられていた。眉を顰める者、薄笑いを浮かべる者、隣と囁き合う者――彼らの視線が、遠慮なく彼女に突き刺さる。

 鼓動が不規則に高鳴った。息ができなくなる。内臓が捩じれるような感覚。

 またあの目だ――

 次の瞬間、アルキュオネは馬車に飛び込んでいた。

「エルナト! 馬車を出して!」

 アルキュオネは叫んだ。エルナトは慌てて席についた。

「はい! し、しかし、どちらへ?!」

「どこでもいいから早く出して! 早く!」

 半狂乱でアルキュオネは叫んだ。

 走り去るアルキュオネの馬車と入れ替わるように、エレクトラの自動車がやってきた。

「てめえら失せろ! 見せもんじゃねぇぞ!」

 車が止まる前に飛び降りたバウシンガーが、野次馬に凄みをきかせた。散り散りになる輪の中心で、ロージェスタは膝を落としていた。路面が涙で濡れていく。

「……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 ひたすら繰り返す彼女の震える背中を、エレクトラは擦ることしかできなかった……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ