3、ズル休みとプリン
いぐさが学校中を走り回り、団地がメロンパンにかじりついているのと同時刻。
大岐街にある一つの小学校では給食の時間を迎えていた。
「では、みなさん一緒に!いただきまーす!」
「いただきまーす!!」
王溝小学校、6年2組では教師のいただきますの言葉と共に、クラス総勢35名の子供達の「いただきます」の挨拶が教室中に響き渡った。
王溝小学校、6年2組。
出席番号23番。
上木 咲。
咲は目の前に置かれた美味しそうな給食を見つめ、ゆっくり手をつけた。
(いただきます)
そう、再度心の中で呟く。
それは咲にとっては久しぶりの給食だった。
その日は咲にとって、祖母が亡くなってから初めての登校であった。
祖父母が亡くなった場合、忌引きで3日間の休みとなる。
咲も例に洩れず、3日間、通夜や葬式などで慌ただしい日々を過ごしていた。
まぁ、慌ただしいと言っても子供の咲がやっていた事と言えば、弟の世話くらいだったが。
そんな久々の学校で給食を楽しむ(無表情だが)咲に一人の少年が近づいていた。
「おい、このズル休み」
咲が振り向くと、そこにはふてぶてしく腕を組んで立っている少年が居た。
「大依くん……」
咲が大依の名前を呟くと、大依はニヤリと笑った。
そんな大依の姿を、咲はやはり無表情で見上げる。
「お前3日間もズル休みしたんだから、そのプリンよこせよ」
そう、大依が咲のもとにある給食のプリンを指差しながら当たり前のように言う。
咲はズル休みじゃないよ、と内心思っていたがそれが口を吐いて出る事はなかった。
代わりに咲は目の前にある給食のプリンを見つめて、それを手に取った。
「プリン……ほしいの?」
そう、今にも咲が大依に向かって自分のプリンを差し出そうとした時。
咲の隣で、今まで黙って給食を食べていた少女が突然立ち上がった。
「大依!あんた意味わかんない事言ってんじゃないわよ!」
「うっせーな。いちご、お前には関係ねーだろ」
いちごという咲の隣の席の少女。
彼女は大依の、そのどこかふてぶてしい態度に、浮かべていた表情を更に厳しい色に染め、これでもかという程大依を睨みつけた。
「ちょー関係あるわよ!私は咲ちゃんの友達だもの!」
「この、でしゃばりが」
「なっ……!だいたい聞いてれば何よ!朝からずーっと咲ちゃんにズル休みズル休みって!咲ちゃんはお婆ちゃんのお葬式だったの!ズルじゃないわよ!」
「どーだか。コイツは3日間も学校来なかったんだぜ?どこで何してたかなんてお前にだってわかんねーだろ?」
そう言うと大依はハッと鼻で笑いながら咲を見た。
そんな大依を咲はやはり無表情で見上げている。
「じゃあ、あんたは咲ちゃんが3日間遊んでたの見たわけ?!」
「あー、もう。うっせーな。だいたいお前にプリン寄越せっつってるわけじゃないんだから、もう黙れよ」
「大依、あんたね!」
「はい」
いちごが更に大依に食い下がろうとした時、咲は自分のもとにあったプリンを大依に差し出した。
もともと上げようと思っていたのだ。
これ以上何も言えない自分の為にいちごが声を上げる必要もない。
「ちょっと!咲ちゃん?!」
慌てるいちごに対して、大依もポカンと咲を見ている。
まさかこんなにあっさり咲がプリンを差し出して来るとは思わなかったのだ。
咲はジッと大依を見つめ、プリンを差し出しす。
すると大依はバッと顔を逸らし、乱暴にプリンを咲から奪った。
心無しか、その顔は赤くなっているように見える。
「ふんっ。やっぱしズル休みなんだろ?」
「違うよ」
「お前は3日間、ズル休みだったんだ」
「ちが「黙れよ!ブス!お前はズル休みしたんだ!」
そう叫ぶと、咲に背を向け大依は自分の席に戻って行った。
そんな大依に咲は静かに息を吐いた。
「(また怒らせた)」
咲が内心落ち込みながら給食に体を向き直すと、隣ではムスッとしたいちごが大依の後ろ姿を見送っていた。
「なによ!あいつ!いっつもいっつも咲ちゃんにイジワルばっかりして!今日も朝からずっと………それに!咲ちゃん!」
「……はい」
突然大声で名前を呼ばれ、咲は思わずその声に圧されいちごの方へと向き直った。
そこには、大依に向けていた厳しい表情を咲に向けるいちごの姿があった。
「咲ちゃんも咲ちゃんだよ!なんで大依なんかの言う通りしちゃうの?!嫌な事はちゃんとビシッと言ってやりなよ?!あぁいうのがアイツを調子に乗らせるの!」
「いちごちゃん」
憤慨するいちごを咲はしっかりと見つめる。
そしてその視線を、いちごの給食の一つに向けた。
すると、いちごも自然にその視線を追う。
視線の先には 、
「ラーメン」
「ラーメン?」
いちごが不思議そうに反復する。
「いちごちゃん…早く食べないとラーメン伸びる」
そう言われていちごはハッとした。
ラーメンはいちごの大好物である。
今日の給食は今月の献立が発表になってから、ずっといちごが楽しみにしていたモノのだ。
その為、いちごの朝のテンションはいつもより更に高かった。
「あーっ!そうだった!もともと超絶に少ないスープが更に減っちゃう!」
「早く食べないと」
急かす咲に、いちごはゆっくりと咲に視線を戻す。
「……もしかして、その為にプリンやったとか言わないよね?」
いちごがジトっとした目で咲を見る。
確かに給食のラーメンは、給食センターから学校まで運ぶ移動距離もあり、学校に着いた時には伸び伸びでスープも少なかったりする。
けれど、だからと言っていちごはそんな事を気にしたりしない。
けれど、いちごの隣に座る、この無表情の咲は気にするのだ。
自分の事はどこまでも無頓着な癖に、他人の事となるとそうはさせない。
自分のプリンだってすぐに差し出す。
「……………」
無言で目を逸らす咲に、もーっ!といちごは唸った。
「咲ちゃんは私のラーメンより自分のプリンの心配をすればいいの!」
そう言いつつ、いちごはいそいそとラーメンを食べ出す。
食べながら、でもいちごは内心咲に感謝した。
そうなのだ。
大依が咲にちょっかいをかけて、それに対していちごが反論すると、そこからいつもケンカが止まらなくなる。
きっと、今回も放っておいたら、いちごのラーメンのスープが跡形もなく無くなり、更には暖かいラーメンは冷たくなってしまうまでケンカし続けていただろう。
「でもプリンなんて給食じゃ、ラーメン並に超絶レアなんだよ?大依なんかに上げてよかったの?」
「うん。今日は帰りにお父さんにごほうび貰えるから」
「ごほうび?」
「うん。だからいいの」
そう言って、咲も静かにラーメンをすすった。
そのラーメンのスープも、麺に吸われて殆どなかったが。
「……おいしいなぁ」
そう、小さく呟く咲の姿を、大依は離れた自分の席からジッと見ていた。
その手にはしっかりとプリンが握りしめられていた。




