2、暇人とカイキ祝い
大岐街という街がある。
別に小さくはないが、たいして大きくもない街。
田舎過ぎるわけでもなく、都会でもない。
まぁ、どちらかと言えば、田舎寄りと言える。
周囲の市町村が互いに合併併合を続ける中、どことも合併する事なく一つの街としての形を守っている、田んぼと堀に囲まれたその街。
街自体は至って何の変哲もないごく普通の街。
そんな至って普通な大岐街には、ただ一つ普通でないところがあった。
大岐男子高等学校 。
街の名前がそのまま学校名となっているその高校は、その名の通り男子校である。
しかし只の男子校ではなかった。
偏差値35。
普通学科のみしかない高校の割に、近隣の農業高校よりも遥かに偏差値が低い。
そして、大岐高校が悪いのは頭だけではなかった。
そこに通う生徒の素行も、すこぶる悪かった。
所以、不良と称される少年達の唯一の選択肢として称されるその高校は、全国でもある意味とても有名であった。
そんな普通の街にある最悪な男子校。
それが大岐男子高等学校である。
----------------
-----------
-------
「うぉー!団地ぃぃ!ひーまーだぁぁぁ!」
「黙れ、いぐさ。テメェの声は公害だ」
現在の時刻12時30分。
昼休みの大岐高校。
そこで、この学校のトップを務める柏原団地と、切り込み隊長を務める堀田いぐさは屋上という満点の青空の下、昼食をとっていた。
4月も下旬となる今の時期。
空は高く、どこまでも真っ青だった。
気温もあたたかく、どこまでも眠気を誘う陽気だ。
「ひーまー!チョーひま!大河の奴らも嬢嶋の奴らもケンカ売ってこねーしぃ!」
「…………」
「道本なんかケガで3日も学校来てねーしぃ!アクアスは構ってくんねーしぃ!今ならオレ暇で死ねる!」
「ならそのまま死ね」
「団地チョーひでー!」
彼らが上木咲という未知なる存在と遭遇してから、3日の月日が流れていた。
いや、たった3日しか経って居なかった。
しかし、団地にとってもいぐさにとっても、あの出来事は日常というつまらない日々の中に埋没しつつあった。
夢かとさえ思われたあの出来事が唯一夢ではなかったと証明出来るのは、咲から貰ったあの木彫りの熊だけであった。
「あーぁ。つまんなーい!しかも道本みたいに玉泉院もナゼか3日間休みだったしぃ。何テンチョー3日もさぼってんだよー!」
「うっせー。だまれ」
一人大声で騒ぎ立てるいぐさの隣で、団地はひたすらメロンパンを食べていた。
あぁ、どこまでも気候が良い。
団地はメロンパンを口に運ぶ事すら面倒になってきて、ふと、このまま寝てしまおうかとさえ思った。
しかし、それをさせないのは隣でグダグダとうるさいいぐさの大声であった。
「テンチョーの作ったティラミスくいてーよぉ!ケンカしないならせめて玉泉院行てーよぉー!チョーつまんねーよ!」
「……頼むから飯くらい静かに食わせてくれ」
玉泉院。
先程から、いぐさが言っている玉ソレは彼らがよく行く喫茶店の名前である。
喫茶店の割にはかなり裏道に面しており、知る人ぞ知る穴場の名店といった店であった。
団地やいぐさは昔からそこの常連で、暇になるとそこでグダグダと時間を潰す事が多かった。
「うー、暇だー。暇だー」
いぐさは地面に寝転がり一人で唸ったりゴロゴロしたりを繰り返していたが、突如として何か思いついたのか勢いよく立ちあがった。
「団地!ちょっと、あのクマ貸して!」
「……はぁ?」
「いーから!いつも持ち歩いてんでしょ?!貸して!」
「……何する気だ」
「変な事には使わねーから!」
いぐさの言う変な事に団地は過敏に反応した。
「変な事って……お前何に使う気だよ?」
「いーから!ちょっとだけ!」
そう言うや否や、いぐさは突然団地の上着のポケットに手を突っ込んだ。
「おい!テメェいい加減に「あった!」
いぐさは団地のポケットから、木彫りのクマを取り出すと、その小さなクマを地面に立たせた。
何をするつもりだ、と眉を潜める団地の隣でいぐさは突然クマを前に正座で手を合わせ始めた。
その横顔は真剣そのものだが、やっている行為と発される言葉は、どこまでも馬鹿らしかった。
「どーかオレを忙しくして下さい!」
「お前……世界中の多忙な奴らに土下座してこい」
団地は呆れていぐさを見る。
そんな団地にいぐさは少しだけ考え込むと、またしても両手をしっかりと合せた。
「それがダメなら何か面白い事起こして下さい!」
「つか、下らねー事に使ってんじゃねーよ!この馬鹿が!」
そう言うと団地はいぐさを蹴り飛ばし、クマを拾い上げポケットにしまった。
「いってー!!団地チョーひでー!あーやーまーれー!」
「知るか」
隣で喚くいぐさに、団地は素知らぬ顔で再度メロンパンを食べ始める。
ちぇーっと不満そうに起き上がるいぐさは、次の瞬間、またしても何やら思い立ったように叫んだ。
「よし!なんかパーティーしよーぜ!団地!」
「は……?何言ってんだお前。…つか一体何のパーティーだよ」
団地はモサモサしたメロンパンを呑み下しながら、眉間に皺をよせながらいぐさを見る。
この男はいつになったら黙ってくれるのだろうか。
そんな団地の儚い願いは、本当に儚く叶う見込みは殆どなさそうだった。
「えぇと……ほら。道本のケガ多分今日治ってるから……元気になったお祝い!」
「テキトー言いやがって。……快気祝いってヤツか」
「カイキ祝い………?そーカイキ祝い!」
「お前ぜってー意味わかってねーだろ」
「早速、道本にメールだ!チョー楽しみカイキ祝い!」
最早、いぐさには団地の声は届いておらず、早速ケータイを取り出してメールを打ち始めた。
「道本カイキ……ねー、団地―。カイキ祝いってどういう漢字―?」
「……しらん」
「えー!あぁもう!打つのめんどくなってきたぁ。もう、いーや。道本今から学校こい。送信っと!カイキ祝いチョー楽しみ!他の奴らにも知らせてこよーっと!」
そう言うなり、いぐさは立ち上がり、走って屋上から出て行った。
開け放たれた屋上のドアからバタバタという騒がしい音が響き渡る。
「……うるせぇ」
団地はそう呟くとまたメロンパンにかじりついた。
食べたら寝てしまおう。
パンを咀嚼する団地の意識は、春の暖かさに今にも持って行かれそうであった。




