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SCENE2:彼女の歌声



「おーい。起きているかー」

「はっ! 栗本先生!」

「はは、だいぶ疲れているなぁ」

「はい……ぶっちゃけそうです」

「今日は勉強もやめて雑談でもしようか?」

「雑談?」

「そうだ」

「雑談って何ですか? 何を話すのです?」

「ナオキ君は……真面目に生きすぎている」

「えっ? それって悪いことなのですか?」

「いいや。悪いことじゃない。でも、人間っていうのは『遊び』を知らないと損するばかりの生き者でさ。事実な」

「遊ぶ暇なんてありませんよ……」



 僕は視線を籠のなかでおとなしくしているアンナに移す。それで僕が言いたいことを全て伝えたつもり。だけど、この日の栗本先生はなんかいつもと違った。



「先生も暇がなくって。受験戦争っていう戦場のなかで生きていたよ。それでも何とか小遣いを貯めて3カ月にいっぺんぐらいは映画を観にいった。そこでこう味わうものがなんていうかな……どこか遠くの世界を冒険しているようで。凄くロマンのある空間だった」

「そうなのですね……でも、僕にはそんな楽しみなんてない」

「さっきさ、寝ている時に鼻唄を歌っていたね?」

「えっ? いや……ラジオで聴いた歌を覚えてで」

「ラジオなんてこの部屋にないけど?」

「台所においてあるラジオですよ。たまに母がつけていて」

「うん……何でもいいのさ。でも、その歌手のその歌を好きでいることって言うのもまた勉強になる。そしてそれは遊びにもなるのさ」

「そんなことが?」

「そうだよ。音楽のある日常と音楽のない日常。どっちが楽しいと思う?」

「音楽の…………ある日常?」

「ふふ、その正解は松島君、君自身が感じとればいい。先生は中学生の時にその映画がキッカケでビートルズっていうロックバントを聴くようになってね……」



 そこからいっぽうてきに栗本先生の話を聞かされた記憶がある。



 翌日から栗本先生が別の先生に変わる。



 最後に僕へ自分の好きを伝えて去った彼に嫌悪感を抱きつつも、どこか感動を覚えてしまった気すらする。彼がいまどこで何をしているのか僕には分からないけど……でも、彼のその言葉は僕の心を揺さぶっているですらある。今でも。




 僕は塾の帰り道で彼女の歌と彼女のギターの音色と出会う。



 枯葉を踏みながら、その路地を通っていた時の事。



 その音楽がこの耳に入ったのが出会い。その始まりと言っていい。



 僕は彼女から少し離れたところで彼女の歌に酔いしれる。



 赤い髪がどうにも目立つ彼女はどこか幼くて僕と同じぐらいの少女にみえた。



 いや、分からないか。もしかしてアキコやシロウみたく結構年上かもしれない。



 そんな妄想を膨らませながらも、僕は彼女が片づけを始めるまでずっと聴いていた。彼女が歌っていたのはその時に流行っていた流行歌であったように思うが、僕はその歌が彼女の歌に他ならないと思って聴いていたのだ。



 百円ぐらいでも手渡しすればよかったかな?



 いや、でも、恥ずかしいし……怪しまれたらショックだし……



 遠くから彼女を見守るように鑑賞した僕はどこか初々しかったな。



「どこに行っていたの?」



 その晩、母からきつい目をされて尋問される。



「友達と……友達と話が盛り上がって……」

「友達?」

「うん。塾の」

「あら。そう。そういうことなら、チョット嬉しいかも。アンタ、友達っていう友達がいなさそうに過ごしているから。お母さんは安心したわ」

「ははは……」



 いや、アンタのお蔭でそういう青春時代を過ごしているのだと僕は内心怒ってみせたが……彼女ほど口喧嘩してしまってはいけない存在も他にいない。



 僕はひとまずホッと息をついてみせる。




 それから塾帰りの日は毎回のように彼女の路上ライブを鑑賞したものだった。



 ある日は彼女のすぐ近くで鑑賞するカップルが現れる。



 彼らはそのライブの後に彼女と握手を交わして千円札を渡したりしていた。



 彼女が大感激して彼らと握手を交わしながらも何度も頭を下げる姿。



 それを離れた位置で微笑んでみるだけの僕はなんだかちっぽけにみえて仕方がない。



 勇気があれば……ほんの少しでも勇気があれば彼女の歌が好きなんだって僕も彼女にきっと伝えられるのに……



「おーい。ナオキ。ナオキってば」

「ん?」

「ボーッとしていたぞ? 不眠症か?」

「シロウ、デリカシーがないよ? そんなことを言うのは」

「悪い悪い。それで? ナオキがさっき歌っていたのは誰の歌よ?」

「えっ? 僕って歌っていたの?」

「珍しいと思ったよ。音楽とか興味なさそうだもんな。ナオキって」

「いや、そんなことはないよ……ラジオぐらいウチにもあるしさ……」

「うん。スタンプの歌だなーっていうのがいくつかあったけども、なんだか全然聴いたことがない歌もあったよね? その歌を特に歌っていたから」



 ああ。彼女が最後に歌う歌のことだ。



 おそらくコレが彼女にとってオリジナルの歌なのだろう。



「あの……シロウ……アキコ……このあと、よかったらついてきてくれる?」



 僕はここで初めてその勇気を振り絞ることにした――




栗本:弥生双吾

尚樹の母:日暮涼花

※中学時代のシロウとアキコは涼時と茉奈裳とは別の子役

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― 新着の感想 ―
栗本先生の言葉がナオキくんに少なからず影響を与えていたんですね〜♪ 塾帰りの彼女のストリートライブ。 今度はシロウとアキコも連れて行くのかな?
好きなものができるということは人生に彩りが生まれることだと思います。 ただ真面目に生きてきたナオキくんの人生に『彼女』が登場して、どんな風になっていくのか。 そしてどうタイトルに帰結するのか。 楽しみ…
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