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【本日完結!】スターマイン・シンドローム~東京、二万発の写し手〜  作者: 吉良カンタ


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第三話 線香花火と、三秒の猶予

 線香花火の、第二ステージ。

 蕾だった火の粒が、ぽたり、と下に垂れて――ぱっ、と細かい火花を周囲に放ち始めた。牡丹。線香花火の、最も華やかな時間。

 それと同時に、隼さんが右手に構えた線香花火から、今までにない強さの光が、滲み出していた。


「紫織里、下がれ!」


隼さんが、線香花火を指先で弾いた。

 蕾のときは三十センチの小さな円だったのが、今度は違った。弾かれた火花が、空中で、直径三メートルの紅い牡丹として、ぱっ、と開いた。

 橋の上を追ってきていた黒淵が、目を細めた。紅の光が、彼の銀の筒を一瞬、照らし出した。


「ようやく牡丹か、天神」

「牡丹で、あんたを押し返す」

「どうぞ」


黒淵が、吸光筒を構え直した。牡丹の花火の、花弁の端から、光が吸い取られていく。

 でも、牡丹は大きい。吸いきる前に、次々と花弁が広がっていく。黒淵の足が、一歩、下がった。


「隼さん、今です!」


私は叫んだ。隼さんが振り返って、私を見た。


「紫織里」

「はい!」

「写せ」

「え?」

「俺の牡丹を、写せ」



 写す。空に咲いた他人の花火を、自分の体に取り込む。

 私は、瞬きもせず、隼さんの牡丹を見つめた。紅い光が、直径三メートルの円を描きながら、夜空に咲いている。その紋様を、目に焼き付ける。

 網膜が、熱くなった。紅い光が、私の体の中にも、ぽん、と咲いた。

 ――写せた。


「写した!」

「撃て!」

「どこに!」

「黒淵の、足元だ!」


私は、掌を突き出した。体の中の牡丹を、解放する。

 ぱっ。

 黒淵の足元に、紅い牡丹が咲いた。直径三メートル。隼さんが作ったのと同じ、一回り大きな牡丹。橋のアスファルトを、光が叩いた。

 黒淵が、横に飛んだ。銀の筒を取り落とした。

 そしてその瞬間、空で隼さんの本体の牡丹が、もう一度開いた。


「え、二つ、咲いた?」

「紫織里、お前の牡丹と、俺の牡丹が、共鳴した!」


紅い光が、空と地上の二つで、同時に燃えていた。黒淵が、両手で顔を覆った。私は、走った。走りながら、掌から、もう一発、牡丹を撃った。橋の路面に、また紅い花が咲いた。

 私の体の中で、二万発の何かが、初めて「楽しい」と感じた気がした。



 橋を渡り切ったところで、隼さんの線香花火が、垂れた。牡丹のステージが、終わった。


「第三ステージ、松葉」


線香花火の花火が、長い尾を引く針状の火花を放ち始めた。周囲に、細い光の線が、ぱちぱちと走る。


「隼さん、これは?」

「防御用だ。松葉は、光の針を空中に張る。相手の攻撃を、絡め取れる」

「敵を攻撃するのは?」

「松葉じゃ、無理だ。耐えるための時間稼ぎ」

「私は、松葉、写せますか」

「写せる。けど、撃っても松葉は攻撃力ゼロだ。写し手は、打ち手の紋様を忠実にコピーするから、打ち手が防御用に作ったもんは、お前が撃っても防御にしかならない」

「……そういうシステムなんだ」

「写し手は、打ち手の鏡だ。打ち手がいなきゃ、写し手はただの入れ物。打ち手は、写し手がいなきゃ、自分の技を広げられない。二人で一つ、って、さっき言っただろ」


私は、ちょっと黙った。



 タクシーが、橋の向こう側で待っていた。

 さっき私たちを乗せて走り去ったはずの車と、同じ車体。運転手は、相変わらず振り向かない。私と隼さんは、駆け込んで乗った。車が走り出す。

 バックミラーに、黒淵が、遠ざかっていくのが映っていた。まだ銀の筒を拾い直している。追ってこられる距離じゃない、けど、追ってこないわけでもない。


「……隼さん」

「なんだ」

「あの人、なんで私を、こんなに必死で追うんですか」

「記憶処理のため、って言ってただろ」

「嘘ですよね」

「嘘だ」


隼さんが、ネクタイを緩めた。


「黒淵は、火工庁の中でも強硬派の実行役だ。あんたを『兵器』として確保したがってる」

「兵器、って」

「打ち手の紋様には、人の心を動かす力がある。穏やかにも、激しくも、扇動にも、鎮魂にも。戦前、軍部がそれを使おうとして、計画が動いた。失敗したけど、火工庁ができた原因の一つだ」

「……花火で、人の心を操るんですか」

「できる。限定的にだけど。強い紋様を大衆に見せれば、一晩で街一つの空気を変えられる。選挙の前夜に花火大会を開けば、投票が動くくらいには」

「そんな」

「だから違法なんだ。術玉――打ち手が術を込めた玉の製造と流通は、戦後ずっと違法だ。ただし火工庁が管理することで、『公認』の打ち手だけは合法的に活動できる。大型花火大会の技術監修は、公認の打ち手の仕事だ」

「公認じゃない打ち手も、いるんですか」

「いる。俺も、元々はそっちだ」


私は、ちょっと驚いて隼さんを見た。


「違法打ち師って、全国で数百人。各地でゲリラ的に小規模な花火大会を開いてる。河川敷、山中、廃工場の屋上。観客は数十人から数百人。自由に紋様を作って、自由に打ち上げる。――公認の検閲を受けないから、純度の高い紋様が上がる」

「そんな世界、あったんですね」

「あんたが見てた東京湾花火大会の裏には、もう一つの花火の世界がある。そっちの方が、たぶん、ずっと面白い」


隼さんが、ちょっと笑った。


「で、強硬派は、その違法打ち師を殲滅したい。俺たち民衆派は、違法打ち師を守りたい。昔から揉めてる。君の覚醒は――その揉め事に、歴史上一番デカい資源を投入する、事件だ」

「資源、って、私ですか」

「悪いな、そういう言い方になる」

「……私、事務員なのに」

「だから、今夜走ってる」



 タクシーが、芝公園に近づいていた。窓の外に、ライトアップされた東京タワーが、見えた。

 赤と白の、鉄の塔。日本で一番有名な、夜の建造物。


「――東京タワーは、火工庁の隠し施設だ。展望台が、大容量写し手の緊急解放装置になってる」

「解放、って」

「君の体内の二万発を、安全に空へ戻す」

「戻せるんですか」

「戻せる。ただし、この施設は、穏健派の管轄だ。黒淵一人を押し返しただけじゃ、第二、第三の刺客が来る」

「……もっと来るんですか」

「強硬派は、一晩で決着をつけようとしてる。俺たちも、夜明けまでに君を解放しないと、体が持たない」


タクシーが、赤羽橋の交差点で止まった。目の前に、東京タワーの足元が、見上げるほど高くそびえていた。

 隼さんの指先の線香花火の、松葉の光が、ちりちりと、最後の一段階に近づいていた。散り菊。線香花火の、終わりの時間。

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