第4話 元・売れない地下アイドル(スライム)と、画面越しの喝采
いらっしゃい! 荒野の青空食堂『杏』へようこそ!
まずは第3話のクイズ、衛生管理責任者エルザが、わーしのどこを見て「合格」を出したか
……答え合わせだよ。
正解は ②「常に短く切り揃えられ、一点の汚れもないマリアンの足先(爪)」 でした!
料理人もナースも、その本質は「手(足)先」に宿る。
40本の足を一本一本、厨房に入る前に磨き上げるわーしの「調理師としての矜持」を、
あの女は見抜いたのさ。厳しいお局様だけど、見てる場所は一流ってことだね。おほほほほ!
さて、今日はこの「世界の理」について、少し怖い話をしようかねぇ。
わーしたちがこうして魔物として足掻いている姿……実は「あっち側」の連中に、丸見え
なんだってよ。
現世――かつてわーしたちが「自分」として生きていた日本。
そこでは今、一つの非道なエンターテインメントが社会を支配していた。
新宿アルタ前の巨大ビジョン、渋谷スクランブル交差点の大型スクリーン、
そして日本中の茶の間に置かれたディスプレイ。
それら全てが、同じチャンネルを映し出している。
異世界の荒野を爆走する「一台の屋台」と、その周りでワサワサと動く
巨大な丸虫、そして情けなく働くゴブリンやオークの姿だ。
「おい、始まったぞ! 『転生チャンネル:第72区・判定0点枠』だ!」
「ギャハハ! あのIT社長、ゴブリンになってまだ偉そうにしてやがる。
見てるこっちがスカッとするわ」
「50歳まで威張り散らしたツケがこれかよ。
ざまぁみろだな」
これが、この世界の「理」が用意した見世物小屋だ。
50歳になり、閻魔によって強制的に転生させられた者たちの姿は、現世の全人類に
リアルタイムで生中継される。
真面目に生きて高得点を得た者はエルフや貴族として「憧れの対象」になり、
悪行を積んだ者や、システムから「無価値」と判定された者は、醜い魔物として
「嘲笑の対象」になる。
現世の人間にとって、これは単なるドキュメンタリーじゃない。自分より不幸な
「元人間」を見て安心するための、残酷な公開処刑エンターテインメントなのだ。
ネット掲示板の反応も、お決まりの罵詈雑言で埋め尽くされている。
『【速報】またマリアンが変な料理作ってるw』
『今日の丸虫、妙に動きが機敏でキモいんだが』
『所詮は0点枠の掃き溜め。期待するだけ無駄』
冷笑が支配する画面の中で、人々の目が一点に釘付けになった。
画面の隅、資材置き場の陰でプルプルと震える、一匹の淡い桃色のスライム。
そのスライムの頭上に、無慈悲なテロップが浮かび上がる。
――[告。個体名『ミク(50)』。前世:地下アイドル。
通りすがりの『無償の笑顔(♡)』獲得数:多数。
正規の『熱狂的評価(☆・課金)』獲得数:0。
転生判定:0点(無価値)。種族:粘液塊。
理由:システムの定める『社会的価値・経済的貢献』を満たさない無駄な人生であったため]
「……アイドル……? スライムがかい?」
わーしが首を傾げたその時、ミクは地面に染み込むように泣き出した。
「私、38年間頑張ったの。
小さな箱で、通りすがりに手を振ってくれる人や、
ふんわり笑ってくれる人はたくさんいたわ。でも……」
ミクの震える声が、荒野に響く。
「『理』は、そんなの何の価値もないって。
私の人生にお金を払ってくれる熱狂的なファン(☆)が0人だったから、
私の人生は無価値の0点だって……。
誰でも倒せる、スライムがお似合いだって……」
わーしは、そのプルプル震える体を、太い足で「ムギュッ」と顔を覗き込むために
引き寄せる。
「……っ!? 何するの、不気味な虫!」
「うるさいよ。無償の笑顔には価値がない、だって?
アンタ、そんなポンコツシステムの言うことを真に受けて泣いてるのかい!」
わーしはミクを、ペンジが鏡のように磨き上げた「特製カウンター」の上にポンと置いた。
「いいかい。金払いの一番いい常連だけが『客』じゃない。
雨宿りついでにフラッと入ってきて、一杯の白湯だけ飲んで
『助かったよ』って笑って帰る客だって、立派なうちのお客さんさ。
アンタの歌で一瞬でも心が軽くなった奴がいたなら、
それは立派な『満点』の仕事だよ!
それを無価値だと切り捨てるような『理』なら、
わーしたちで丸ごとひっくり返してやりな!」
「……えっ?」
「理に認められなかったからなんだってんだい!
あっちには、腕自慢のオークがいる。
こっちには、口うるさいゴブリンがいる。
空にはお局様のナースがいて、そしてアンタの目の前にはわーしがいる!
今は『♡』すらないかもしれないけどね、ここからアンタの
『最高のステージ』を始めればいいじゃないか!」
【♪ 怒りを孕んだ、重低音のドラムビートが響き出す ♪】
「サトル、あんた何ボケーっと板切れ眺めてるんだい!」
「板切れじゃないですよ店主。これは僕の魔力が形作った固有スキル
『経営者の視覚化』です。
前世で使い倒したタブレットの形じゃないと、
数字が頭に入ってこない体質なんですよ」
その場には、建築現場で汗を流すオークのペンジと、タブレット片手に原価計算を
しているゴブリンのサトルもいた。
ペンジが数時間かけて磨き上げ、エルザが滅菌した鏡のような岩のカウンター。
その真ん中に、ミクを乱暴に放り出す。
「ひゃうっ!? 何するのよ不気味な虫!」
「不気味で結構! いいかい、ミク。
あんたの言う『誰にも見られなかった過去』なんて、
わーしにとっちゃ、賞味期限切れのキャベツの芯より価値がないんだよ!」
わーしは、自らの体を「かまど」に切り替える。だが、ただ熱を出すんじゃない。
魔力を極限まで圧縮し、熱を出し尽くして周囲を冷やすことで、逆に「冷気」へと
反転させる。
「ペンジ! あの岩陰にある『虹色果実』を一番いい状態で砕きな!
サトル! アンタが溜め込んだ『蜜蜂魔獣のハチミツ』を出しな!
経費で落としてやるから早くしな!」
わーしの気迫に押され、二人が慌てて動き出す。
――サクッ、シャリィ……(研ぎ澄まされた氷の刃が、硬質な結晶を削る繊細な音)。
――パチンッ、トトトンッ!!(完熟した果実の皮が弾け、中身が踊るようなリズム)。
「ほら、おあがり。特製『虹色スライムの杏仁豆腐』さ!
あんたの38年を『無価値』だなんて決めつけた閻魔の鼻面を、
このデザートでひっぱたいてやろうじゃないか!」
冷気の中に、甘美な果実の香りが立ち込める。
ミクは、震える体で、皆が協力して作ってくれた杏仁豆腐を恐る恐る包み込んだ。
その瞬間、彼女の透明な体が、内側から爆発するように輝き出した。
冷たい杏仁豆腐が核を包み込み、眠っていた「38年間のプロ根性」を呼び覚ましていく。
≪♪ 爆音で流れ始める、超アップテンポなユーロビート ♪≫
「美味しい……。ああ、私……ずっと、これを待ってたのかもしれない。
誰かが、私のために作ってくれる『拍手』を……!」
ミクの体が、急激に膨張し、そして極彩色に光り輝く。
彼女はカウンターの上で、踊り始めた。
それはスライムとは思えない、驚異的なキレのダンスだった。
体をバネのように弾ませ、空中で幾何学的な模様を描き、光の粒子を振りまく。
38年間、毎日、客のいないライブハウスで、足が動かなくなるまで練習し続けた、
あのステップだ。
彼女の透明な体は、今や虹色のスポットライトそのものだった。
「見て! 私を見て! 私はここにいる! 私は『ミクりん』よ!!」
その叫びは、不可視の境界線を越えて現世へと叩きつけられた。
新宿アルタ前。モニターを見ていた人々が、一斉に動きを止めた。
「おい……なんだよ、あのスライム。
すげぇ……あんな動き、人間でもできないぞ」
「ミクりん……。お前、あんなに踊れたのかよ……」
一人の男が、鞄から「折れかけたサイリウム」を取り出した。
かつて一度だけ彼女のライブに行った時に、捨てるに捨てられなかった思い出の品だ。
それを、パキリと折る。
ピンク色の光が、新宿の夜を照らした。
前世のミクがライブ中に一度だけ、その男の古い♡(笑顔)に救われたことがあった。
一人、また一人と、現世の観客たちが光を掲げる。
ネット掲示板の空気も、一瞬にして反転する。
『え、待って、今のダンス……すごくない?』
『俺、泣いてるんだけど……0点なんて誰が決めたんだよ!』
『ミクりん、頑張れえええええ!!』
『みんな、シンクロポイントを送れ! あいつを、この世界のセンターにするんだ!!』
モニター前の群衆が、一斉にオタクダンスを踊り出す。
何万、何十万という人々の「共感」が、光の奔流となって、異世界の
マリアンの元へと降り注いだ!
空気がビリビリと震えるほどの、熱狂のエネルギーが――。
その時、異世界の空が、虹色に染まった。
無機質だったシステム音が、ド派手な金色のエフェクトと共に、世界中に鳴り響く!
〓〓〓〓〓【 激 ッ 熱 !! 】〓〓〓〓〓
【 祝・共感レート:10,000%突破!! 】
【 個体名:ミクに、全世界の『視線』が集中しました 】
【 特殊進化ルート:『アイドル・スライム』解放!! 】
【 固有スキル獲得:『不条理なる鉄壁(動かざることアイドルの如し)』 】
(効果:観客の視線がある限り、あらゆる物理・魔法ダメージを0に変換する)
【 閻魔より一言:……チッ、判定を上書きします。おめでとう。 】
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
【♪ おばちゃんの高笑いと、祭りのような和太鼓のリズム ♪】
「おほほほほ! やったねぇ、ミクちゃん!」
わーしはワサワサと足を鳴らして喜んだ。
ミクは、七色に輝く体のまま、誇らしげに胸を張った。
「店主。私、決めたわ。
世界一、客の目を逸らさせない『看板娘』になってあげる!
この店を狙う悪い奴が来たら、私のダンスですべて弾き返してやるんだから!」
こうして、爆走食堂『杏』には、最強の防御力を誇る「七色の看板娘」が加わった。
モニターの向こう側では、いまだに現世の人々が泣きながらサイリウムを振り回している。
「さあて、賑やかになってきたねぇ!
看板娘の初仕事だ、山積みの皿をピカピカに磨かせておやり!」
「「「アイアイサー、店主!!」」」
いやはや、とんでもない盛り上がりだったねぇ!
ミクちゃんのダンス、わーしもつられて40本の足を振り回しちゃったよ。
「0点」なんて言われてたあの子に、あんなに熱いエールを送る現世の連中……。
やっぱり、「一生懸命」ってのは、最高のスパイスなんだねぇ。
【システム(閻魔)からの挑戦状:Q4】
看板娘として加わったミク。
彼女が感動した、マリアンの厨房から聞こえてきた「音(ASMR)」とは一体何だい?
① マリアンがミクを呼ぶ、ぶっきらぼうな「おい、アンタ!」という声
② 自分のために、仲間が一生懸命「氷を削る音」と「果実を刻むリズム」
③ エルザが空から降らせる、やかましい「衛生指導」の怒鳴り声
【おばちゃんからのヒント】
「自分のために、誰かが動いてくれている音」。
それこそが、孤独だった彼女が一番欲しかった「拍手」だったのさ。
本文の「音(ASMR)」の描写を、よーく思い出してごらん!
【おばちゃんからのお願い】
ミクちゃんの輝きに目が眩んだついでに、
そこの『ブックマーク』と『★評価』をポチッとおくれ!
あんたたちがモニターの前でサイリウムを振ってくれる(ポチッとする)のが、
この店の最大の防御力なんだからね。
よろしく頼んだよ、あんたたち!




