第2話 指が太けりゃ、心を研ぎな
いらっしゃい! 下町中華『杏』異世界支店へようこそ!
さっそく第1話のクイズ、【システム(閻魔)からの挑戦状】の答え合わせだよ。
わーしが丸まって爆走中、無意識にやっている「職業病」は……
正解は ②「無数の足を使って、自分の甲殻を鍋に見立てて『鏡面磨き』をしている」 でした!
中華屋にとって、鍋がピカピカなのは基本中の基本。体長50センチの丸虫になっても、
背中の手入れを怠らないのが「職人の乙女心」ってやつさ。
おかげで今日も、わーしの背中は鏡みたいに光り輝いてるよ!
さて、そんなツヤツヤのわーしの前に現れたのは、指が太すぎて絶望してるオークの大男。
職人のプライド、おばちゃんが呼び戻してやるよ!
「……はぁ。この丸太みたいな指やったら、もう、何も書けへんわ……。
何も、救えへんのやな」
赤茶けた岩場が延々と続く、音の死んだ荒野。その巨大な岩の影に、一際大きな
「絶望」がうずくまっていた。
緑色の分厚い皮膚。突き出た牙。丸太のような腕。異世界における「暴力の象徴」
とされるオーク、それが今のペンジの姿だった。
ペンジは、自身の右手をじっと見つめる。
前世の彼は、東大阪の片隅で、先代から継いだ小さな万年筆工場を営む二代目だった。
社長とは名ばかり。油にまみれ、朝から晩まで研磨機に向かい、世界中の文房具マニアが
「指名」で注文してくるほどの、筋金入りの万年筆職人だったのだ。
彼の仕事場には、いつも独特の「音」があった。
ペン先を研ぐ「シュン……シュン……」という単調な繰り返し。
紙の上でインクが滑る「サリサリ……」という、赤ん坊の寝息のような繊細な響き。
だが、今のこの手はどうだ。
「ズシン……ズシン……」
一歩歩くたびに地響きが鳴り、繊細さとは無縁の「暴力」だけがそこにいた。
徳ポイントはわずか20点。判定された種族は「オーク」。
かつて髪の毛一本の違和感すら逃さなかった繊細な指先は、今やジャガイモのように
節くれ立ち、泥にまみれている。
道端の枝を拾えば、力を入れずとも「バキリッ!」と乾いた音を立てて無残に折れる。
地面に文字を書こうとすれば、爪が岩を削り、「ガリガリッ」と耳障りな音を立てて、
ただの無様な溝を掘るだけ。
「繊細さの欠片もあらへん……。
自分は、ただの肉の塊になってしもた。
こんな指、もういらんわ……」
彼が自らの大きな手を呪うように地面に叩きつけようとした、その時だった。
――ワサワサワサワサワサワサワサワサッ!!
荒野の静寂を切り裂いて、凄まじい「駆動音」が迫ってきた。
時速30キロ。原付バイク並みのスピードで爆走してきた「何か」が、ペンジの鼻先
数センチで、キャタピラが焦げるような音を立てて急停止した。
「キキィィィーッ!!」
「おい、アンタ! そんな湿気たツラしてると、
せっかくのいい男が台無しだよ!」
砂煙の中から現れたのは、ツヤツヤと鏡のように光り輝く、体長50センチほどの丸虫だった。
ペンジは呆気に取られた。
「……あ? なんや、この、やかましい虫は。
……今の自分には、あんたの眩しさが毒なんやわ」
「虫とは失礼な! わーしはマリアン。
これでも32年、下町で中華屋を切り盛りしてきた看板娘
……いや、おばちゃんだ!」
言葉を返してきた。マリアンの法則によれば、これは立派な「客」だ。
マリアンはワサワサと短い足をリズム良く動かし、ペンジの周囲をぐるりと一周した。
「アンタ、腹が減ってるね? それも、ただの空腹じゃない。
心が空っぽになって、胃袋まで冷え切ってる。
……職人の絶望ってのは、だいたいそこから来るもんさ」
マリアンは魔法で、背負っていたお玉の骨と、刃こぼれだらけのボロい包丁を宙に浮かべた。
「ヒュン、ヒュンッ」と、空を切る軽い音がペンジの耳に届く。
「いいかい、アンタ。わーしもこの通り、手がなくなっちまった。
包丁を握ることも、火加減を調整することも、
全部『心(魔力)』でやるしかない。
だけどね、わーしにはできないことが一つだけあるんだ」
マリアンは、空中にあるボロい包丁をペンジの目の前に突きつけた。
刃はガタガタで、音を立てる力すらないほどに死んでいる。
「道具への敬意が足りない包丁は、いい仕事をしてくれない。
今のわーしには、こいつを研ぐ術がないのさ。
……でも、アンタにはあるだろう?」
「自分に……? この太い指で、包丁研げっちゅうんか?
無理やわ。刃を潰してまうのが関の山や。
『ガリッ』と一発で終わりやで」
「やってみなきゃ分からないだろ!
アンタのその目は、まだ職人を引退してない。
包丁の痛みを見て、自分の指が痛むような顔をしてる。
……聞こえるかい? この包丁が『もう一度、戦いたい』って鳴いている音が」
マリアンは、コロンと仰向けにひっくり返り、自慢のピカピカな背中を差し出した。
「カランッ」と、乾いた良い音が岩場に響く。
「わーしのこの殻、ダイヤモンドに次ぐ硬度を誇るんだ。
これを『砥石』にしな。……アンタがこの包丁を完璧に研ぎ上げたら、
わーしが最高のネギ焼きを焼いてやるよ」
ペンジは、震える手で包丁を握った。
丸太のような、緑色の太い指。だが、その指が冷たい鋼に触れた瞬間――。
(……せや。指の形なんて、関係あらへん。
自分の耳が、心が、まだ『最適の角度』を覚えとる……!)
ペンジは巨体を揺らし、岩場に膝をついた。
そして、わーしの輝く背中に、そっと刃を当てた。
「シャリ……」
その瞬間、わーしの頭の中では勝手に「演奏」が始まった。
[わーしの脳内BGM:重厚なチェロの独奏。研ぎの動作に合わせて、徐々にリズムが速まる]
外部には風の音と、鉄が擦れる地味な音しか聞こえていないだろう。
だが、わーしの脳内では、ペンジの動きに合わせて重厚な弦楽器がうねり、
一振りの芸術品が蘇っていく最高のセッションが繰り広げられているのさ!
「シャリ……、シャリ……、シャリ……」
それは、荒野の風の音を消し去るほどに、美しく透明な音だった。
二回、三回と繰り返すうちに、音は「響き」へと変わっていく。
「シャッ……、シャッ……、シュピィィィン……」
「……ええ殻やな。滑らかで、芯が強い。
驚いたわ、ただの魔物の外殻やあらへん。
何千回、何万回と磨き抜かれた、魂の宿った手触りや。
……ほんま、長年使い込まれた極上の漆器を相手にしてるみたいや。
たまらんなぁ、この手触り」
「や、やだねぇ!
そんな、工芸品みたいに褒められたって、何も出ないよ!」
わーしは全身を真っ赤にして、ワサワサと足をバタつかせた。
「カチャカチャ、カチャカチャッ」と、照れ隠しの足音が脳内のチェロのリズムと重なる。
「あんまりじっくり見ないでおくれよ、
恥ずかしいじゃないか! 乙女の背中なんだからね!」
「……ははっ、あんた、おもろい虫やな。
……聞こえるで、刃先が息を吹き返す音が」
音は、やがて「キィィィィン……!」という、一点の曇りもない高音に到達した。
研ぎは終わった。包丁は、荒野の太陽を反射して、残酷なまでに美しい輝きを取り戻していた。
「よし、合格! 最高の切れ味だねぇ。
……さあ、約束の『まかない』、始めるよ!」
その瞬間、わーしの脳内のボリュームが、一気にマックスまで跳ね上がる!
[わーしの脳内BGM:軽快なアコーディオンと、鉄板を叩くようなパーカッションのジャズ]
わーしは空中で、研ぎたての包丁を旋回させた。
「トトトトトトトトトトトトッ、トン!!」
まな板代わりの岩の上で、『毒消しネギ』が山のような輪切りになっていく。
この脳内ジャズのドラムソロに、この包丁のキレは最高にマッチしてるねぇ!
「熱っ、熱いよ! 180度、固定!」
わーしが高速回転し、自身の殻を鉄板代わりにする。
「キィィィィィィィーン!」というモーターのような高回転音。
そこに、出汁をきかせた小麦粉の生地を薄く流し込む。
「ジュワァァァァッ!!」
湿った蒸気が爆発し、ラードの弾ける「パチパチッ!」という音が、脳内の
パーカッションと完璧なセッションを奏でる。
そこに、ペンジが刻んだネギをこれでもかと山盛りに乗せ、醤油とソースベースの
秘伝のタレを回しかけて一気にひっくり返す。
「ジュゥゥゥゥーーーッ!!」
焦げた醤油とソースのコンビネーションの香ばしい匂いが、荒野の乾燥した空気を一変させた。
「おばちゃん流・特製ネギ焼き、焼き上がりだよ!」
ペン次はそれを、大きな指で摘み、口に運んだ。
「カリッ……、フワッ……。ジュワッ……」
「…………っ!!」
耳の奥まで響く、表面の香ばしい破砕音。
そして、中から溢れ出す熱々のネギの甘み。
その一口は、かつて大阪で仕事に明け暮れ、深夜の帰り道にふらりと立ち寄った
あの店の音に、あまりにも似ていた。
「美味いなぁ……。なんやねん、これ。
……自分、この味知っとるわ。
東大阪の工場の裏で、仕事終わりに仲間とツツいた、あの鉄板の匂いや……」
「指が太くなったからって、魂まで太るわけじゃないだろ?
アンタの研いだこの包丁で刻んだからこそ、
このネギの甘みが引き出せたんだ。
これは、わーしとアンタの共同作業だよ」
わーしは、満足げにワサワサと足を鳴らした。
脳内のジャズは、今や祝福のファンファーレに変わっている。
「腕が落ちたなら、また一から鍋を振ればいい。
万年筆が書けないなら、次は包丁を研げばいい。
アンタのその指は、人を傷つけるためじゃなく、
新しい命の音を奏でるためにあるんだよ」
ペンジは、大粒の涙をこぼした。
「ポタッ、ポタッ……」
涙が乾いた地面に染み込む音。
「……負けや、おばちゃん。
自分の心は、まだ『サリサリ』って鳴っとるわ」
「ははっ、いい返事だ! さて、ペンジ! 食べたなら代金をもらうよ。
代金は、わーしの店の専属『研ぎ師』としての労働だ。
……とりあえず、アンタはその丸太みたいな腕で、
その辺にある汚れた皿を全部洗いきりな!」
「えっ、皿洗いの刑!? ……『キュッ、キュッ』って、
この手でやるんか!? かなわんなぁ!」
絶叫するペンジの横で、わーしはおほほほほ! と高らかに笑いながら、
再び爆走の準備を始めるのだった。
荒野に、「ワサワサワサ……」という元気な足音が、脳内の軽快なリズムと共に
いつまでも響いていた。
職人の魂ってのは、姿形が変わっても消えないもんだね。
ペンジが研いでくれたおかげで、わーしの包丁もピッカピカ!
これで料理のキレも増すってもんさ。おほほほほ!
……あ、ペンジ! そこ、皿の裏側にまだ脂が残ってるよ!
「東大阪の職人魂」が泣くよ! はい、やり直し!
【システム(閻魔)からの挑戦状:Q2】
さて、マリアンのツヤツヤな背中(甲殻)を「砥石」として拝借したペンジ。
彼はその美しさを「あるもの」に例えて褒めちぎりました。
乙女なわーしを、うっかり「乙女」にしちまった罪な例えとはどれだい?
① 伝説の聖騎士が持つ「白銀の盾」
② 長年使い込まれた「極上の漆器」
③ 32年間磨き抜かれた「中華なべの底」
【おばちゃんからのヒント】
いいかい、ペンジは「東大阪の二代目」なんだ。
あいつが「宝石みたいだ」なんてキザなこと言うと思うかい?
職人が一番惚れ込む「輝き」がどこにあるか……。
本文には書いてないけど、あいつの「人生」を想像すれば、自ずと答えは見えてくるはずだよ!
【おばちゃんからのお願い】
おっと、食べてくれたついでに、そこの『ブックマーク』と『評価(★)』
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それがわーしの鍋を振る火力の源になるんだからね!
おばちゃんはSNSってやつのやり方が分からないから、あんたが代わりにバズるってやつ
してくれてもいいんだよ。
応援してくれる常連さんが増えれば、サービス(更新)も張り切っちゃうよ。
よろしく頼んだよ、大将!




