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『転生国物語 〜下町中華のおばちゃん、丸虫から人類の始祖(オカン)になる〜』全48話  作者: 稲盛 皆藤
第1章:爆走・丸虫食堂編

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第1話 0ポイントの丸虫、厨房(セカイ)を走る

「わーしは、丸虫のマリアン。可愛いでしょう。

 見て見て、このキャタピラみたいな足と、ツヤツヤの背中。

 ほーら、キュッと丸まれば完璧な球体!


 ……さっきまで、荘厳な音楽が優雅に流れる、どっかの真っ白な部屋にいたんだよ。

 目の前の空中に『徳ポイント:0。判定:最下級・丸虫』って文字が浮かんでさ。

 周りの奴らは『うわ、50年何やってたんだよ』って笑ってたけど、大きなお世話だい。


 わーしは18の時から32年間、下町中華『杏』で汗と油にまみれて鉄鍋を振ってきた、

 生粋のおばちゃんだよ!

 数字には出ない『隠し味』の人生、今からこの丸っこい体で、異世界に叩き込んでやるんだから!」

 ツルッン、とチューブの先からウズラ卵が飛び出すような軽い音がして、

わーしは荒野に放り出された。

 見渡す限りの青い空。だけど、浮かんでいる雲はどう見ても巨大なメレンゲみたいで、

足元の岩肌は中華鍋にこびりついた「お焦げ」にそっくりだ。


「ははっ、なんだいこの世界! 美味しそうじゃないかーい!」


 わーしは無数にある短い足をワサワサと動かしてみた。

 すごい。前世じゃあ、雨の日は膝が笑うし、長時間の立ち仕事でふくらはぎはパンパン、

腰はバキバキだったのに。今は羽が生えたみたいに体が軽いじゃない!


「いっちょ飛んでみるか!」


「うーん、羽が無いから飛べませーン」


「よーし、じゃ、いっちょ走ってみるかね!」


 ワサワサワサッ!

 足が勝手に土を蹴る。おっ、おっ、速い速い!

 原付バイクくらいのスピードが出てるんじゃないか?

 目の前に大きな岩が迫る。普通なら激突して終わりだけど、今のわーしは一味違う。


「よっと! 丸まりローリング!」


 キュッと体を丸めると、50センチの完璧な球体に変身。そのまま勢いをつけて、

岩肌を滑るように駆け上がる。コロコロコロ〜ッ!

 視界がぐるぐる回るけど、不思議と目は回らない。

 風を切る感覚が、最高に気持ちいい。


 50歳にして、まさかのノンストレス! ポイント0点? だからなんだってんだ。

 おばちゃんは今、第二の青春を大爆走中だよ!

 でも、転生したから、実は0歳児なんだけどね。


 ――そんな風に、小一時間ほど異世界の絶景(という名の食材探し)を楽しんでいた時のこと。


「……ぐすっ。なんだって、私がこんな目に……」


 岩陰から、情けない泣き声が聞こえてきた。

 キャタピラブレーキをかけて覗き込むと、そこにいたのは緑色の小さな魔物――

いわゆる『ゴブリン』ってやつだ。

 ただ、様子がおかしい。木の枝をスーツのネクタイみたいに首に巻きつけて、

地面をバンバン叩いて悔しがっている。反芻思考にどっぷりの様子。


「どうしてだ! 私は港区にタワマンを持ってたんだぞ!

 年商50億のIT企業の社長だった私が、なんでスライム以下のゴブリンなんだ!」


「おや」


 わーしは思わず丸い体を揺らした。

 港区? タワマン? 年商?

 ……なるほどねぇ。転生式の時、わーしを笑ってた奴らがいたけど、どうやらこの世界、

『全員が地球からの転生者』らしい。


「あのシステム、絶対におかしい! 私のSNSのフォロワー数を知らないのか!

 あんな地味な丸虫ですら楽しそうに転がってるのに、なんで私が……っ、ぐぅ〜……」


 威勢のいい文句は、情けない腹の虫の音で強制終了した。

 元・社長のゴブリンは、お腹を押さえてへたり込む。


「……腹が、減った。そういえば昨日から何も……」


 その顔を見た瞬間、わーしの脳裏に、古い記憶が鮮明に蘇った。


 思い出すねぇ……学生時代、背伸びしてバイトした高級ホテルの巨大な厨房。

 わーしの居場所は、華やかなホールじゃなくて、地下の薄暗い洗い場だった。

 次から次へと運ばれてくる、ギトギトに脂ぎった皿の山。指先はふやけて、腰は痛み、

高級料理の残り香だけが鼻をつく。終わりが見えない。

『わーし、何やってるんだろう』って、冷たい水に手を突っ込みながら、惨めで、

お腹が空いて、独りぼっちだった。


 そんな時、無骨な料理長がポンと差し出してくれたのが、一杯の賄いチャーハンだった。

『食え。腹が減ってちゃ、良い仕事はできねえ』

 一口食べた瞬間……震えたねぇ。

 パラパラの米に絡まる卵の甘み、ラードの香ばしさ、そして何より、凍えそうだった心に

じわーっと広がる温かさ。

 気づいたら、涙がポタポタこぼれて、チャーハンがちょっとしょっぱくなっちゃった。


 あの時、わーしは決めたんだ。

『いつか、誰かが泣いちゃうくらい温かいご飯を作る人になる』ってね。


 ……そう、その顔を見た瞬間、わーしの中の『おばちゃん魂』に火がついた。

 前世が社長だろうが、魔物だろうが関係ない。

 お腹を空かせた子を放っておくなんて、下町中華の女将の名折れだ。


「おい、そこのあんた」


「ひっ!? ま、丸虫が喋った!?」


「威勢よく泣く体力があるなら、ちょっとそこで待ってな」


 わーしはコロンと仰向けにひっくり返った。

 手はない。鍋もない。だけど、わーしにはこの熱くて丸い背中と、32年間染み付いた

料理人の『魔力』がある!


「さあ、開店準備だ! 世界で一番美味いもん、食わせてやるからね!」


 とはいえ、今のわーしは丸裸の虫だ。手ぶらで料理なんてできやしない。


「おい、港区の社長さん。

 あんた、そこにある『焦げた岩塩』と『目玉焼きみたいな花』を摘んでおいで」


「えっ、あ、はいっ! ……って、私は社長だぞ!? なんで丸虫に命令され……」


「返事は!? 厨房じゃあ、返事ができない奴に飯は食わせないよ!」


「はいっ!!」


 元社長のゴブリンが慌てて走り出すのを見届けて、わーしもワサワサと爆走を開始した。

 料理には『油』と『肉気』が欠かせない。

 この「美味しそうな世界」なら、きっといい出汁が出る奴がいるはずだ。


 クンクンと鼻を鳴らす。あっちの茂みから、香ばしいベーコンみたいな匂いが漂ってくる。


「見つけたよ、今日のメインディッシュ!」


 茂みから飛び出してきたのは、体長1メートルはある巨大なウサギ――いや、毛並みが完全に

『霜降り肉』の模様をした魔物だ。


「逃がさないよ! おばちゃんの買い物は、タイムセールの戦場なんだから!」


 ワサワサワサッ! と加速して、キュッと丸まる。


「丸まりローリング・アタック!」


 ドンッ! と、霜降りウサギの脇腹に激突。不意を突かれたウサギが目を回して倒れる。


「よし、確保! ……うん、こいつからは人間の未練ったらしい匂いが全くしないね。

 喋らない奴は食材。喋る奴は客だ。それがおばちゃんの厨房のルールだい!」


 食材のウサギを抱え込み、わーしはゴブリンの待つ岩陰へと引き返した。


 戻ると、ゴブリンが半泣きで岩塩の結晶と、黄身がトロトロした不思議な植物を集めていた。


「戻ったよ。さあ、火の準備だ」


「火? マッチもライターもありませんよ。

 魔法を使える転生者ならともかく、私はただのゴブリン……」


「甘いねぇ。道具がなけりゃ、体を使うんだよ!」


 わーしはゴブリンに、平らな岩の上を掃除させた。

 そこに、ウサギから出た上質な脂を塗りたくる。


「いいかい、よく見てな。これが『おばちゃん流・自家発電調理』だよ!」


 わーしは岩の上で、猛烈なスピードで回転を始めた。

 コロコロコロコロコロ……ッ!!

 丸虫の殻と岩が擦れ合い、摩擦で強烈な熱が発生する。

「熱っ、熱いねぇ! でもこれだよ、この熱さがなきゃ中華は始まらない!」


 殻が真っ赤に焼ける寸前、わーしはパッと仰向けにひっくり返った。

 今、わーしの背中は、180度を超える完璧な『中華鍋』になっている!


「さあ、入れるよ!」


 刻んだ霜降り肉、砕いた岩塩、そして目玉焼き草の黄身を、魔法で操るお玉

(近くに落ちていたお玉状の骨)で一気に混ぜ合わせる。

 ジュワーーーッ!! という、暴力的なまでに美味そうな音が荒野に響いた。

 香ばしい肉の匂いと、卵の甘い香りがゴブリンの鼻をくすぐる。


「……な、なんだこれ。ただの炒め物なのに、

 どうしてこんなに胸が熱くなる匂いがするんだ」


「前世で食べてた高くて量も少ない、映えだけのフランス料理とは違うだろ。

 これは『明日も生きよう』って奴が食べる、まかないだよ」


 わーしは、ホカホカに仕上がった特製炒め物を、葉っぱの皿に盛り付けてゴブリンの前に置いた。

 ゴブリンは、震える手でそれを口に運ぶ。


「う、うまい……。なんだよこれ……

 母さんが、受験の夜に作ってくれた夜食の味に、そっくりだ……」


 港区の社長だった男が、緑色の顔を涙でぐしゃぐしゃにして、ただの虫が作った料理をむさぼり

食べている。

 その様子を、わーしはひっくり返ったまま、ワサワサと足を動かして眺めていた。


「ははっ、いい食いっぷりだ。

 0ポイントの丸虫でも、誰かのお腹を満たすことくらいはできるみたいだねぇ」


 あの日の料理長がくれたチャーハンのように。

 システムが流す荘厳な音楽よりも、今は目の前の男の「ごちそうさま」が、

わーしには何よりの贅沢に聞こえたんだ。


 ゴブリンは、最後の一粒まで皿(葉っぱ)を舐めるようにして平らげると、深々と頭を下げた。


「……負けましたよ、おばちゃん。

 年商50億より、この一杯の方が……ずっと重い。

 ……私を、雇ってくれませんか。皿洗いでも、パシリでもいい。

 このまま一人で泣いてるより、あんたの側で何かを学びたいんだ」


 わーしはコロンと起き上がり、ワサワサと足を鳴らして笑った。


「ははっ、いい返事だねぇ!

 皿洗いにするには、その小粋なネクタイが勿体ないよ。

 アンタ、名前は?」


「……サトルです。佐藤サトル」


「よし、サトル! あんたは今日から、この『杏』異世界支店のマネージャーだ!

 この荒野を港区より有名にしてやるから、しっかり働きな!」


「は、はいっ! 店主!」


 こうして、わーしの異世界食堂は、最初の一歩を踏み出した。

 さて、マネージャー! ぼさっとしてる暇はないよ。

 次は店を建てるための『腕利き』を探しに行くよ!

 爆走、開始だい!

【システム(閻魔)からの挑戦状:Q1】


さてさて、異世界を大爆走で楽しんでいる丸虫のマリアン。

実は彼女、丸まって高速回転している最中に、中華屋の「おばちゃん」ならではの

職業病ともいえる「ある行動」を無意識の魔力で行っています。

おかげで、彼女の背中の甲殻はいつもツヤツヤのピカピカ!


さて、マリアンが甲殻の中でやっていることとは、次のうちどれでしょう?


① お腹の中で、明日のチャーハンの具材をイメージトレーニングで炒めている。

② 無数の足を使って、自分の甲殻を鍋に見立てて「鏡面磨き」をしている。

③ 遠心力で前世の四十肩・五十肩を揉みほぐしている。


答えは第2話の冒頭で! みんな、感想欄で予想してみてね!

「当たった人には、マリアン特製の『まかない』が出るかも……!?」

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