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 年が明けた。


 一月の夜は底が抜けたように冷えた。自転車を漕ぐと、手袋をしていても指先が痛んだ。コインランドリーの自動ドアを開けたとき、乾燥機の熱が顔に当たって、目を細めた。


 ミナはいなかった。


 洗濯物を五番に入れて、回した。ベンチに座った。三番の洗濯機は止まっている。店内には自分しかいない。蛍光灯が白い。いつもの光景だった。


 洗濯機が回っている。その音を聴いていた。同じ音のはずだった。同じ機械が、同じ速度で回っている。でも音が薄かった。


 洗濯物を乾燥機に移して、ボタンを押した。ベンチに戻った。スマートフォンを取り出して、時刻を確認した。十二時四十分。いつもの時間だった。


 スマートフォンをポケットに戻した。連絡先を知らない。曜日と時間帯だけが、二人を繋いでいる。


 乾燥機が回っている。その振動をベンチの脚から感じていた。目を閉じた。


 目を閉じると、音がよく聞こえた。乾燥機の低い唸り。蛍光灯の微かなノイズ。外を通る車の音。それだけだった。それだけしかなかった。


 目を開けた。乾燥機の残り時間を確認した。十四分。


 自動ドアが開いた。


 冷たい空気と一緒に、ミナが入ってきた。頬が赤かった。息が白かった。マフラーを口元まで上げていて、目だけが見えた。


 自分を見つけると、目が少し大きくなった。それからマフラーの下で何か言った。聞こえなかった。マフラーを下ろした。


 「よかった。いた」


 立ち上がった。


 ミナはランドリーバッグを持っていなかった。手には紙袋だけがあった。小さな紙袋。


 「あの、これ」


 ミナが紙袋を差し出した。


 「年末に買ったんですけど、渡すタイミングがなくて」


 受け取った。中を見た。手袋だった。濃い灰色の、何の飾りもない手袋。


 「自転車、寒いでしょう」


 手袋を見ていた。しばらく見ていた。


 「ありがとう」


 声が掠れた。咳払いをした。


 ミナは笑った。いつもの明るい笑い方ではなかった。その笑い方を初めて見た。


 「洗濯は」


 「今日はなくて。渡しに来ただけ」


 ミナは少し恥ずかしそうに目を逸らした。それからベンチに座った。自分も座った。いつもの距離ではなかった。一台分もなかった。


 乾燥機が回っている。自分のだけ。ミナの三番は動いていない。


 「正月、どうでした」


 ミナが訊いた。


 「何もしてない」


 「私も。ずっと寝てました」


 「いいじゃん」


 「よくないですよ。三日間ずっとですよ」


 ミナが笑った。自分も笑った。二人が同時に笑ったのは初めてだった。


 笑いが止んで、沈黙が戻った。でも、それは乾燥機の音が埋めていた沈黙とは違っていた。


 「ねえ」


 ミナが言った。


 「うん」


 「来てよかったです。今日」


 頷いた。


 乾燥機が止まった。立ち上がって、衣類を取り出した。畳みながら、ミナがベンチに座っているのが見えた。膝の上に両手を置いて、自分が畳んでいるのをぼんやり見ていた。


 八月の夜と重なった。同じベンチ、同じ蛍光灯。でも、肩の位置が違った。あのときは丸まっていた肩が、今はまっすぐではないにしても、少しだけ開いていた。


 畳み終えた衣類を袋に入れた。


 「帰る?」


 「はい」


 二人で店を出た。コインランドリーの外で並んで立つのは初めてだった。夜の空気が冷たかった。息が白い。街灯の下で、ミナの鼻が赤かった。


 「じゃあ」


 ミナが言った。


 「うん。ありがとう。手袋」


 ミナは頷いて、通りの反対側に歩いていった。自転車の鍵を外した。新しい手袋をはめた。ちょうどいい大きさだった。


 自転車を漕ぎ出した。指先が温かかった。


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