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 年末が近づいていた。


 コインランドリーの前の通りに、どこかの店のクリスマスの飾りつけが見えた。赤と緑の光が、夜の歩道にぼんやりと滲んでいる。それを横目に自転車を停めた。


 店内に入ると、彼女がいた。洗濯機はもう回っていて、彼女はベンチに座って文庫本を読んでいた。前に見たのと同じ本だった。しおりの位置はあまり進んでいなかった。


 自分が入ると、彼女は顔を上げて手を挙げた。


 「こんばんは」


 前より自然だった。声の高さも、いつもの明るい声とここでの声の、ちょうど中間くらいだった。


 頷いて、五番の洗濯機に洗濯物を入れた。いつもの手順。硬貨を入れて、ボタンを押す。ベンチに座る。


 「その本、長いね」


 自分から話しかけるのは珍しかった。彼女は一瞬きょとんとして、それから本の表紙を見た。


 「進まないんです。ここだと」


 「読みに来てるんじゃないの」


 「違います」


 彼女は笑った。小さく、でもちゃんと笑った。


 「なんか、開くと安心するんですけど、読むと文字が頭に入らなくて。ぼーっと同じページ見てるだけ。家だと逆に読めるんですけど」


 少し考えた。


 「ここだと、読まなくていいから」


 彼女は自分を見た。それから窓の外のクリスマスの明かりに目をやった。


 「そうかも。ここだと、何もしなくていいから」


 しばらく二人とも黙っていた。洗濯機が回っている。窓の外をときどき車が通って、ヘッドライトの光が店内を横切った。


 「年末、実家に帰るんですか」


 彼女が訊いた。


 「帰らない」


 「私も」


 彼女はそれ以上訊かなかった。自分も訊かなかった。


 彼女は文庫本を閉じて、膝の上に置いた。


 「去年の年末、すごく辛くて」


 黙って聞いていた。


 「家にいるのがしんどくて、外に出たけど行くところがなくて。コンビニとかファミレスとか行ったけど、どこも明るすぎて。人がいて。笑ってて」


 彼女は窓の外を見ていた。


 「それで歩いてたら、ここを見つけたんです。夜中に光ってて、誰もいなくて、暖かくて」


 彼女を見た。


 「洗濯物なんかなかったんですけど、入って、座って。乾燥機の音を聴いてたら、なんか、やっと息が吸えた感じがして」


 彼女はそこで言葉を切った。少し間があった。


 「それから通ってるんです。洗濯は、後からついてきた理由で」


 何も言わなかった。洗濯機が回っている。彼女の三番と、自分の五番。少しずれたリズム。


 彼女がこちらを向いた。


 「あなたがここにいたのは、偶然だったんですけど」


 彼女はもう一度、繰り返した。


 「偶然だったんですけど。でも、よかったです」


 彼女を見ていた。蛍光灯の白い光の下で、彼女の顔には何の装飾もなかった。笑ってもいなかった。泣いてもいなかった。ただそこにいた。


 「自分も」


 そう言った。


 彼女は少し目を細めた。それが笑顔なのかどうか、わからなかった。


 窓の外で、クリスマスの明かりが点滅していた。店内には関係なかった。ここには季節の飾りもBGMもない。白い光と、機械の音と、洗剤の匂いだけがある。


 洗濯機が止まった。乾燥機に移す。ボタンを押す。ベンチに戻る。


 「お名前なんて言うんですか。私は、ミナ、渡辺ミナ」


 彼女がふいに名乗った。


 「ミナ」


 繰り返した。彼女は頷いた。


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