七
十二月の最初の木曜だった。
店に入ると、彼女はもう座っていた。洗濯機が回っている。彼女は膝の上に両手を置いて、まっすぐ前を向いていた。自分が入ってきたのに気づいて、顔を上げた。
「あ」
小さな声だった。それから、笑った。いつもの明るい笑顔ではなかった。もっと小さくて、でも何かが混じっているような笑い方だった。
頷いて、五番の洗濯機に向かった。
洗濯物を入れて、硬貨を入れて、ボタンを押す。ベンチに座る。彼女との距離は二台分。いつもの間隔に戻っていた。
外は冷えていた。コインランドリーの窓が曇っている。乾燥機の熱が店内にこもって、空気が少しだけ湿っていた。
「今日、仕事で泣いちゃって」
彼女が言った。唐突だった。洗濯機の窓を見たまま。
彼女を見た。
「お客さんに怒鳴られたとか、そういうのじゃないんです。そういうのは慣れてるから」
彼女は膝の上の手を見ていた。
「なんか、ずっと……大丈夫ですって。誰にでも。同僚にも、お客さんにも。家族にも」
洗濯機が回っている。低い音。
「それで今日、後輩の子に。先輩、顔色悪いですよって」
彼女は言葉を切った。洗濯機の窓を見ていた。
「それだけなのに、涙が出てきて。止まらなくて」
彼女は笑った。困ったように。
「トイレで泣いて、顔洗って戻ったんですけど。みんな気づいてたと思います。でも誰も何も言わなくて。……それがいちばんきつかった」
何も言わなかった。
彼女は息を吸った。少し震えていた。それから吐いた。長く、ゆっくり。
「すみません、いきなり。こんな話」
「いい」
そう言った。それだけだった。
彼女は自分を見た。初めてまっすぐに。その視線を受けて、逸らさなかった。数秒。それから彼女が先に目を伏せた。
「ここだと、大丈夫ですって言わなくていい気がして」
声が小さかった。
何も言わなかった。
洗濯機が回っている。二台の洗濯機が、少しだけずれたリズムで回っている。そのずれが、しばらく聴いていると、ときどき重なる。重なった瞬間だけ、振動が少し大きくなる。
彼女が背もたれに体重を預けた。肩の力が抜けていた。目を閉じていた。眠っているわけではなかった。ただ、目を閉じていた。
それを見ていた。今度は視界の端ではなく、まっすぐに見ていた。彼女のまつげが、蛍光灯の光で薄い影を落としていた。頬の筋肉が弛んでいた。口元が、何も演じていない形をしていた。
洗濯機が止まった。自分のほうが先だった。立ち上がって、衣類を乾燥機に移した。彼女は目を閉じたままだった。
乾燥機のボタンを押してベンチに戻ったとき、彼女が目を開けた。
「ありがとうございます」
首を傾げた。
彼女は少しだけ笑って、何も説明しなかった。




