六
十一月の終わり、彼女が来なかった。
木曜の夜だった。洗濯物を乾燥機に入れて、ベンチに座っていた。乾燥機が回っている。蛍光灯が白い。それだけの店内を、ぼんやりと眺めていた。
自動ドアは開かなかった。
乾燥機が止まって、衣類を取り出して畳んだ。いつもと同じ手順だった。袋に入れて、店を出た。外は冷えていた。吐く息が白かった。自転車を漕ぎながら、何も考えなかった。
日曜も来なかった。
洗濯物を回しながら、三番の洗濯機が止まっているのを見ていた。見ていたというより、目に入った。静かな機械が並んでいて、どれも同じ形をしているのに、三番だけが少し違って見えた。
次の木曜も、同じ時間に来た。洗濯物は少なかった。二日分しかない。乾燥機を使うほどでもなかったが、洗濯機を回して、ベンチに座った。
十二時半を過ぎたころ、自動ドアが開いた。
彼女だった。
痩せたように見えた。顔色が白くて、目の下に影があった。ランドリーバッグを持つ肩が、前より少し落ちていた。
自分を見て、彼女は笑った。
「久しぶりですね」
声は明るかった。いつもと同じだった。目を逸らした。
彼女は三番の洗濯機に向かった。いつもの手順で洗濯物を入れた。硬貨を入れて、ボタンを押した。動作はいつもと同じだった。ただ、ひとつひとつの間に、ほんの少しだけ隙間があった。
ベンチに座った彼女は、しばらく黙っていた。自分も黙っていた。洗濯機が回っている。
「ちょっと、忙しくて」
彼女が言った。自分を見ていなかった。
何も言わなかった。
「仕事が立て込んで。それで、なかなか来られなくて」
何か訊きそうになった。でも、頷くだけにした。
洗濯機が回っている。低い振動が床を伝って、ベンチの脚に届いている。その振動をぼんやりと感じていた。
「ここ、変わらないですね」
彼女が言った。今度は少しだけ声が低かった。電話のときの声ではなかった。
「変わらない」
そう答えた。
彼女は小さく息を吐いた。それから背もたれに体重を預けた。背筋を伸ばしていた姿勢が崩れて、肩が丸くなった。顎が少し上がって、蛍光灯を見上げるような格好になった。
それを視界の端で見ていた。彼女の喉が動いた。何かを飲み込んだのか、あるいは飲み込もうとして、やめたのか。
洗濯機が止まった。彼女はすぐに立ち上がらなかった。数秒してから、ゆっくり立ち上がって、洗濯物を乾燥機に移した。自分の隣の乾燥機ではなく、少し離れた場所の乾燥機だった。
乾燥機が回っている間、二人とも黙っていた。長い沈黙だった。
洗濯機が止まった。今日は乾燥機を使わないつもりだった。でも洗濯物を取り出したあと、袋に入れて、またベンチに座った。
彼女の乾燥機が止まるまで、あと二十分くらいだった。
そこにいた。




