……一人の女性の結末
豪華なドレスも、煌びやかな宝石も、絢爛な馬車もなにもない。
薄い肌着一枚で、堅い石が積み上げられできた、冷たい牢獄で、ただ時間が過ぎていく。
このままここで死ねるのだろうか。
もう、終わりにできるのだろうか。
時間が過ぎゆくばかりで、最期のときがいつまでも訪れない。
――やはり后は、いつまでもこのままなのだろうか。
終わりのない生への絶望は、遠の昔に過ぎ去った。
悲しみも怒りも憎しみも痛みも、もう、私に訪れない。
幸福を得、そして奪われ、楽しみを得、そして絶望した先には虚無を経、無となった。
その時、微かに聴こえてきたのは、懐かしい唄。
町人たちが、楽しそうに唄っていた、祝祭の唄。
今ある命を喜び、今ある奇跡を尊び、今を生きる歓びを謳う唄。
懐かしい。愛すべき、思い出。
その中に浮かぶ、一番優しい想い出。
「お后様!!」
思い出に縋っていた私に訪れた、未来。
「ああ、ああ、良かった……。ご無事で、本当に、良かった…………」
片目しかないその瞳から大粒の涙を零しながら「良かった……」と、何度も何度も漏らす、あの世話人の姿だった。
「――――お后様。もう、貴方は〝后〟ではなくなったのです。后であろうとする必要はどこにもない、嘘を守り続けなくてかまわないのです」
「どうか、〝魔女〟として火刑となる前に私と一緒に来てください」
「どうか、どうか、后でも、魔女でもなく、あなたを守らせてください」
「わたしは、あなたを護りたい」
わたしを真っすぐ見て、そう言ってくる姿にほろほろと、硬く守っていた壁が崩れ出す。
「――そう。そうね、」
目を閉じれば見得てくる。
昔はあった、私の故郷。
そこには約束してくれた人たちがいた。
その約束たちも泡沫の夢となり永久に果たされることはなくなった。
けれども今、記憶になくとも交わされていたたった一つの契りが、忘れるほど長く遠い時を経た今、果たされる。
貴女が幸せであるのなら、それが私の幸せです。
他の誰でもない、貴女が、幸せでいられますように。
いつ交わしたものなのか、覚えていないけれど。
ああ、そうね。
あなたが私に求めるのは、「わたし」が「幸せ」でいられることだけ。
私に、「絶対」を求めない。
私に、「夢」を求めない。
「――もう、私はお后ではないのね」
もう、私を拘束する重たいドレスも、私を縛りつける痛い宝石も、私を閉じ込める苦しい馬車もない。私を捉える鎖はもう、どこにもない。
私は、自由でいられる。
「ありがとう、私を護りたいと、言ってくれて」
そうして一人の女は、何の権力もない、ただの女性となり。たった一人の、終生の伴侶となり、愛する人に見守られながらその生涯を終えたのです。