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過保護なお姉ちゃん系王女を救うために何度も死に戻っていたら、全部バレていて曇らせてしまった  作者: 鳥助


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6.マナの存在(ルティア視点)

 王宮に連れ帰った日から、私の世界は、ほんの少しだけ色を取り戻した。


 冷たい石造りの回廊も、重く垂れ込めていた空気も、なぜか柔らいで見えた。あれほど息苦しかった場所が、マナがいるだけで、違うものに変わっていく。


 マナはまだ王宮の広さに戸惑っていて、きょろきょろと辺りを見回していた。その仕草があまりにも無防備で、胸の奥がじんわりと温かくなる。


 その小さな背中を見ているだけで、守りたいという感情が自然と湧き上がる。まるで、凍りついていた心に春が差し込んだみたいだった。


 朝、目を覚ますと、まず思い浮かぶのがマナのことになった。今日はどんな顔をするだろう。ちゃんと眠れただろうか。食事は口に合うだろうか。それだけで、起き上がる理由ができた。


 公務の合間、ふとした瞬間に思い出す。ぎこちない礼の仕方。慣れない言葉遣い。真っ直ぐにこちらを見る瞳。


 思わず口元が緩む。以前の私なら考えられなかったことだった。


 ほんの些細なことで、私たちは笑い合った。廊下で足を滑らせそうになったこと。甘い菓子に目を輝かせたこと。庭園の花を見て、子どものように感嘆の息を漏らしたこと。


 言葉を交わすだけで、胸が満ちていく。こんなにも簡単に、幸せを感じていいのだろうかと、戸惑うほどに。


 マナの頭を撫でると、少し照れたように目を細める。その柔らかな髪の感触が、指先に絡むたび、胸の奥の傷が静かに塞がっていく気がした。


 抱きしめれば、確かな温もりが腕の中にある。生きている。ここにいる。それだけで、涙が出そうになる。


 ナディアを抱きしめたときとは違う体温。違う鼓動。違う匂い。それなのに、どうしてこんなにも安心するのだろう。


 世話を焼く時間が、何よりも愛おしかった。食事の好みを知り、衣服を選び、勉学を教える。転ばないように手を差し出し、疲れていればそっと背を撫でる。


 守っているという実感が、私を支えた。私はまだ、誰かの盾でいられる。誰かのために、ここに立っていられる。その事実が、どれほど救いになったことか。


 王宮の冷たい石壁の中で、失われたはずの時間が、少しずつ戻ってくる。ナディアがいた頃のように、笑う理由があり、帰る場所があり、守るべき存在がいる日々。


 広すぎた寝室は、マナが訪れるだけで温かくなる。何気ない報告を聞き、今日あった出来事を共有する。そのひとときが、私の一日の終わりを優しく包んだ。


 空っぽだったはずの胸が、今は満ちている。失ったはずの希望が、形を変えて戻ってきたみたいだった。


 マナは、私の光だった。生きる理由だった。この子が笑ってくれるなら、どれだけ重い責務も耐えられる。この子がここにいる限り、私は壊れずにいられる。


 尊い時間が、確かに戻ってきていた。失われたはずの温もりが、再び私の腕の中にある。だからきっと、大丈夫だと思えた。


 今度こそ、守れると。今度こそ、失わないと。そう、信じた。


 穏やかな日々は、あまりにも唐突に裂けた。目の前で、八つ裂きにされた。


 守ると誓った子が。崩れ落ちる小さな体を、ただ見ていることしかできなかった。また、間に合わなかった。また、守れなかった。


 胸の奥がひしゃげる。内側から抉られるように痛い。息ができない。視界が滲む。


 謝罪が喉の奥で形になる前に、世界が歪んだ。視界が反転する。音が遠ざかる。


 気がつくと、私はマナの前に立っていた。それは、マナがメイドになった日。


 無傷の体。何も知らない瞳。私は、息を止めた。夢だと思った。きっと、疲れているのだと。あまりにも衝撃が強すぎて、都合のいい幻想を見ているのだと。


 けれど、脳裏に焼き付いた光景は消えない。裂ける音。飛び散る血。途切れる呼吸。


 あれは夢ではない。あれは、現実だ。私は守れなかった。


 守ると約束したのに。守ると誓ったのに。目の前で、あの子は死んだ。


 ここに連れてきたのは私だ。王宮という檻に閉じ込めたのは私だ。狙われる場所に置いたのは、私だ。


 全部、私のせいだ。私がいるから、マナは死んだ。私が守れなかったから、あの子はあんな痛みを味わった。


 全然、足りない。覚悟も、力も、決意も。私は何もできなかった。私が悪い。私が、私がいるから。


 だから次こそは守らなくちゃいけない。同じ未来にはさせない。どんな手を使っても。この身がどうなっても。


 そう決めたはずなのに、また、マナは死んだ。形を変えて、何度も、何度も。


 そのたびに、私は間に合わないまま凍りつき、目の前で裂けていく小さな体を見つめることしかできず、喉が潰れるほど叫んだ。


 癒しの力を使う前にマナが死んでいく。なんの為の力だと何度も自分を責めた。


 血の匂いと断末魔と途切れる鼓動が現実として刻みつけられ、守ると誓った言葉の軽さと無力さを思い知らされながら、結局は何一つ守れなかった自分の愚かさと弱さと傲慢さを何度も何度も突きつけられて、私はただ、守れなかったという事実の前に立ち尽くすことしかできない。


 そのたびに、血を見る。そのたびに、絶望する。


 そして――戻る。あの日に。メイドになった最初の日に。


 私がマナを殺した。許されない。私がマナを殺した。許されない。私がマナを殺した。許されない。私がマナを殺した。許されない。私がマナを殺した。許されない。私がマナを殺した。許されない。私がマナを殺した。許されない。私がマナを殺した。許されない。私がマナを殺した。許されない。

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