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過保護なお姉ちゃん系王女を救うために何度も死に戻っていたら、全部バレていて曇らせてしまった  作者: 鳥助


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5.妹の存在(ルティア視点)

 私はガルディアーノ王国第二王女。第一側妃の長女。


 生まれた瞬間から、私の価値は決められていた。王族として正しくあれ。淑やかであれ。誇り高くあれ。弱さを見せるな。涙を見せるな。愚痴を零すな。


 背筋を伸ばし、微笑みを貼りつけ、与えられた言葉を間違えずに紡ぐ。幼い頃から繰り返してきたそれは、いつしか呼吸と同じになっていた。苦しくても、疲れても、それを自覚することさえ許されない。


 公務、公務、また公務。貴族たちの視線は、いつも私の奥を覗こうとする。王女としての資質を測る目。価値を値踏みする目。利用できるかどうかを計算する目。


 誰も、私を見ていなかった。見られているのは、ガルディアーノ王国第二王女という器だけ。そこに詰められるべき理想だけ。


 夜になると、胸の奥がひどく冷えた。広い寝室は静かで、静かすぎて、耳鳴りがするほどだった。今日も完璧だった。今日も失敗はなかった。今日も王女でいられた。


 それなのに、どうしてこんなにも空っぽなのだろう。


 そんな私にとって、唯一の救いがいた。妹のナディア。


 大人しくて、素直で、驚くほど優しい子。小さな手で私の指を握りしめて、無邪気に笑う。私のドレスの裾を掴んで離れないその姿は、あまりにも愛おしかった。


 ナディアの前では、私は王女でなくてよかった。完璧でなくてよかった。少しだけ、疲れた顔をしてもよかった。


 あの子は、私を「お姉さま」として見てくれた。王女ではなく、姉として。


 公務で叱責を受けた日も、冷たい視線に晒された日も、ナディアの部屋を訪れれば、世界は柔らいだ。あの子の髪を撫でるたびに、凍りついた心が溶けていくのが分かった。


 この子のためなら、私は壊れてもいい。この子が笑ってくれるなら、どれだけ疲れてもいい。そう思えた。


 ナディアは私の生きる糧だった。私が王女であることに耐えられたのは、あの子がいたからだ。けれど、同時に怖かった。


 私の周囲では、いつも誰かが傷ついていた。権力争い、派閥、陰謀。王族という立場は、守られると同時に、争いの中心でもある。


 私に向けられた悪意は、私だけに留まらない。私の傍にいる者にも向けられる。それが、どれほど残酷なことか、私は幼いながらに知っていた。


 だから、ナディアを守りたかった。何があっても、絶対に。


 あの子だけは、この濁った世界から遠ざけておきたかった。血も、策略も、憎悪も、何一つ触れさせたくなかった。


 私が盾になればいい。私が矢面に立てばいい。私が傷つけばいい。


 そう、思っていたのに。ナディアが殺された。


 血の匂いが、今も鼻の奥にこびりついている。白い床に広がる赤は、現実味がなくて、まるで誰かの悪い冗談のようだった。小さな体は動かない。いつも私の指を握ってくれた手は、冷たくなっていた。


 声が出なかった。泣き叫びたかったのに、喉が塞がれたみたいに何も出てこなかった。胸の奥で何かが壊れる音がした。ひびが入って、砕けて、崩れていく。


 守ると決めたのに。盾になると誓ったのに。傷つくのは私でよかったはずなのに。


 どうしてあの子なの。どうして、私じゃないの。ナディアの体を抱きしめた瞬間、世界が反転した。溢れ出したのは涙ではなく、光だった。


 温かくて、柔らかくて、けれどあまりにも眩しい光が、私の体から溢れ出す。壊れた心を置き去りにして、力だけが目覚めた。


 癒しの力。リンデーン聖教において、神に愛された者のみが扱えるとされる奇跡。王族であっても、聖職者であっても、望んで手に入るものではない選ばれた証。


 それが、どうして。どうして、リンデーン聖教とは何の関わりもない私に宿るの。よりにもよって、この瞬間に。


 私が欲しかったのは、奇跡なんかじゃない。あの子の体温だった。もう一度、「お姉さま」と呼ぶ声だった。


 けれど奇跡は、ナディアを生き返らせはしなかった。癒せるのは生きている者だけ。壊れた心も、失われた命も、戻らない。


 それなのに、その日から私の価値は跳ね上がった。悲劇に沈む姉ではなく、奇跡を宿した王女として。泣いている暇などなかった。喪に服す時間も与えられなかった。


 神に愛された王女。国を支える癒しの象徴。王家の至宝。


 そう呼ばれるたびに、胸の奥が軋んだ。癒しの力は、私の意思に関係なく求められた。


 戦で傷ついた騎士。病に伏せる貴族。王族のための密やかな治療。


 私は光を流し続けた。癒して、癒して、癒して。誰かの痛みを消すたびに、自分の中の何かが削れていくのが分かった。


 私は王女で、奇跡で、象徴で。でも、姉ではいられなかった。支えてくれるはずの小さな手は、もうどこにもない。


 こんな世界に、何の希望があるのだろう。いっそ、何もかも終わってしまえばいい。そんな考えに支配されていった。


 そんなある日、いつもと同じように、義務を果たした帰り道。ふと、窓の外を見ると――ナディアと似た少女が通りに倒れていた。


 考えるより先に、足が動いていた。王女として軽率な行動だと分かっていても、止められなかった。護衛の制止も耳に入らない。ただ、その少女のもとへ。


 近づくと、その体は傷だらけだった。堪らず少女に触れて、癒しの力を使った。


 癒しの力は、今まで何度も使ってきた。義務として、命令として、利用されるままに。けれどその時は違った。守りたいと、心から思った。失いたくないと、願った。


 癒しの力は少女の体を包み、その怪我をあっという間に失くした。


 この子は、生きている。私の手で救える。もう、間に合わない絶望ではない。


 目を開けたその瞳が、私を映した。驚きも、警戒も、何もかもが混ざった、まだ幼い目。けれど、その奥に宿る光が、ナディアと重なった。


 胸が締めつけられる。保護者はいないと知った時、心の奥底に沈めていた感情が、一気に溢れ出した。


 ひとり。守る者がいない。頼る相手がいない。


 あの日の光景が蘇る。冷たい床。赤い血。動かない小さな体。違う。今度は違う。私は、間に合った。この子は、まだここにいる。


 衝動のまま、彼女を抱きしめていた。細い体は驚くほど軽くて、壊れてしまいそうで、腕の中に収まるその感触が怖かった。


 失いたくない。今度こそ、守らなくちゃ。守れなかった姉としての後悔が、胸の奥で燃え上がる。


 この子を守るのは私。

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