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過保護なお姉ちゃん系王女を救うために何度も死に戻っていたら、全部バレていて曇らせてしまった  作者: 鳥助


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33.暗殺者探し(2)

 そして、メイドの仕事の時間がやってきた。探るなら、今がチャンスだ。


「じゃあ、掃除をするわよ。準備はいい?」


 箒を片手に、トルシーがこちらを振り返る。その声はいつも通り穏やかで、どこかお姉さんらしい落ち着きがあった。


「はい、大丈夫です」


 私は素直に返事をしながらも、胸の奥では静かに気持ちを引き締める。今からやることは、ただの掃除じゃない。調査だ。


「まずは高いところの埃を取るわよ。この脚立に登るの」


 そう言いながら、トルシーは慣れた手つきで脚立を運び、壁際にある棚の前へと設置した。脚立はしっかりした造りで、二人で乗れるように横幅のあるものだが、それでも高い場所の作業となると自然と体のバランスに気を使う。


「マナはこっち側ね。私は反対側をやるから」


 そう言って、トルシーは先に脚立へと足をかける。私はその後ろに続き、ぎし、とわずかな音を立てる木の段を踏みしめながらゆっくりと上へ登った。


 高い場所に顔を近づけると、棚の上には思ったよりも埃が溜まっている。窓から差し込む光がその粒子を照らし、はたきを軽く振るだけで白い埃がふわりと宙に舞った。


「こうやって、軽く払うのよ。強くやると埃が舞いすぎて大変だから」

「分かりました」


 私は頷きながら、同じようにはたきを振る。パサッ、パサッ、と柔らかな音が続き、埃がゆっくりと落ちていく。


 そして、私は考える。仕掛けるなら、今だ。


 ここは脚立の上。しかも高い場所で、足場は決して広くない。


 もしトルシーが暗殺者なら、きっと身体能力は高いはずだ。訓練された人間なら、こういう状況で誰かが倒れ込んできても、反射的に体を捌くか、受け止めるか、あるいは最低限の受け身を取るはずだ。


 逆に普通の人なら。たぶん、慌てる。


 私はちらりとトルシーの方を見た。彼女は真面目な顔で棚の奥の埃を払っている。


 表情も、動きも、いつも通りだ。……だからこそ。私は、わざと足を滑らせた。


「あっ……!」


 わざとらしくバランスを崩し、体をぐらりと揺らす。そして、そのまま――トルシーの方へ倒れ込む。


「きゃっ!?」

「えっ!?」


 二人の悲鳴が重なった。脚立が大きく揺れる。視界がぐるりと回り、体が傾き――次の瞬間。


 ドサッ!


 鈍い音とともに、私たちは床の上に倒れ込んでいた。……普通に落ちた。


「い、いたた……」


 背中に軽い衝撃を感じながら、私は天井を見上げる。埃がふわふわと落ちてきて、視界の中でゆっくりと舞っていた。すると、すぐに横から慌てた声が飛んでくる。


「マナ!? 大丈夫!?」


 トルシーが慌てて起き上がり、こちらを覗き込んできた。顔にははっきりと心配の色が浮かんでいる。


「怪我してない!? 頭は!? ぶつけてない!?」

「だ、大丈夫です……」


 私はゆっくりと体を起こしながら答えた。


「どこも痛くありません」


 それを聞いた瞬間、トルシーはほっと大きく息を吐いた。肩の力が抜け、安心したように胸を撫で下ろす。


「よかった……本当にびっくりしたわ……」


 そう呟いたあと。トルシーは、すっと背筋を伸ばした。さっきまでの心配顔から一転して、きりっとした表情になる。


「でも、マナ」


 ……あ、これは。


「脚立の上ではちゃんと足元を見ないとだめよ。高い場所なんだから、バランスを崩したら危ないでしょう?」

「は、はい……」

「今回たまたま怪我がなかっただけで、下手をしたら大変なことになってたのよ? だから、こういう時はちゃんと――」


 始まった。お説教である。私は神妙な顔で頷きながら、その言葉を聞いていた。


 そして同時に、冷静に考える。さっきの動き。トルシーは、私が倒れ込んだ瞬間、何もできなかった。


 受け身も取らない。体を捌くこともしない。反射的な動きもない。


 ただ一緒に慌てて、普通に落ちた。しかも、その時の動きは。はっきり言って――トロい。


 いや、普通の人としては十分なんだけど、少なくとも暗殺者とか護衛とか、そういう訓練を受けた人間の動きでは絶対にない。


 私は内心で静かに結論を出した。トルシーは、違う。この人は暗殺者じゃない。


 私は「はい、気をつけます」と素直に返事をしながら、次に考える。


 残るはエリーと、デイリー。候補は、二人に絞られた。


 ◇


 トルシーとの掃除が一段落すると、次は別の仕事へと回されることになった。


 私はエリーさんと一緒に書庫の整理を任されることになったのだが、この書庫という場所は静かで落ち着いている反面、棚が天井近くまで続くほど高い。


 本を戻すだけでもそれなりに手間がかかるため、作業の合間に相手の様子を観察するには都合の良い場所でもあった。


 長い机の上には、読み終えた本や整理待ちの本が山のように積まれている。私たちはそれを一冊ずつ仕分けし、分類ごとに棚へ戻していくという単純な作業を繰り返していた。


 ページをめくる乾いた音と、本を重ねる音だけが、静かな書庫の中に小さく響いている。


 エリーさんは相変わらず落ち着いた様子で、丁寧に本の背表紙を確認しながら、迷うことなく仕分けを進めていた。


 信仰心が強い人ではあるけれど、仕事はとても真面目で、こうして見ている限りでは危険な人物には到底見えない。


 ……だけど。それでも私は、頭の中で冷静に整理する。


 可能性がある以上、試さなければいけない。やがて、机の上の本の山がある程度減ってくると、残った本は高い棚に戻さなければならない位置のものばかりになった。


 エリーさんはそれを見て、近くに置かれていた脚立に手をかける。


「じゃあ、私が高いところに仕舞うわね」


 その言葉を聞いた瞬間、私はすぐに口を開いた。


「いえ、私にやらせてください」


 エリーさんが少し驚いたように目を瞬く。


「エリーさんにばかり、仕事はさせられません」


 そう言って軽く笑ってみせると、彼女は少し考えたあと、柔らかく頷いた。


「そう?」

「はい」

「じゃあお願いするわね」


 私は脚立を棚の前へ移動させ、そのままゆっくりと段を登っていく。木の脚立が小さく軋む音を立てる。


 棚の上段はかなり高く、ここからだと下にいるエリーさんの頭がちょうど見下ろせる位置になる。私は棚の前に立ちながら、下に向かって手を伸ばした。


「本、お願いします」

「はい」


 エリーさんが机の上から数冊の本を取って、こちらへ差し出してくる。私はそれを一冊ずつ受け取り、棚に戻していく。


 背表紙の位置を揃えながら、本を奥へ押し込む。そして――私は、ある一冊を手に取った。表紙の重い本だ。


 その重みを手のひらで確かめながら、私は棚へ戻すふりをする。そして、ほんの少しだけ指を緩めた。


 すとん。本が手から滑り落ちる。落ちた本は、そのまま真っ直ぐ――エリーさんの頭上へ向かって落ちていく。


 もし、エリーさんが暗殺者なら。身体能力は高いはずだ。


 華麗に避けるか。反射的にキャッチするか。あるいは体をずらして衝撃を逃がすか。何かしらの動きがあるはずだ。


 だから私は、その様子をじっと見つめた。そして。


 バサッ。


 本はそのまま、エリーさんの顔に落ちた。


「きゃっ!」


 軽い悲鳴と同時に、エリーさんは後ろに尻もちをつく。本はぱさりと床に落ちた。


 ……あれ? 私は慌てて脚立を降りる。


「あっ……エリーさん大丈夫ですか!?」


 急いで駆け寄り、肩を支えるようにして体を揺する。エリーさんは少し痛そうに顔をしかめながら、ゆっくりと身体を起こした。


「うぅ……びっくりした……」


 額を押さえながら、困ったように笑う。


「ごめんね、私が渡し方が悪かったから……」

「いえ、私の方こそちゃんと受け取らなかったから」


 そう言って、エリーさんは手を振った。


「次はしっかりしましょう。さぁ、続きよ」


 何事もなかったかのように立ち上がり、床に落ちた本を拾い上げて机に戻す。その顔には、怒りも疑いもなく、いつもの穏やかな表情しかなかった。


 ……だけど。私は、別のことを考えていた。


 本は落ちた。そしてエリーさんは――避けなかった。受け取ろうともせず。反応すら遅れて。そのまま、顔面でキャッチしていた。


 もし暗殺者なら、あんな動きはしない。反射的に避けるはずだ。それなのに、今の動きはどう見ても普通の人の反応だった。


 私は胸の奥で、小さく息を吐く。……ということは。エリーさんも違う?


 だとしたら。残るのは、もう一人だけだ。


 ――デイリー。


 私は机の上の本を見つめながら、静かに思った。もしこの推理が正しいなら。暗殺者は、彼女しかいない。

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