31.過保護とは別の何か
あの夜の誓いから、ルティアはもっと過保護になった。いや、過保護という言葉じゃなくて、なんか別の何かになった。
優しく起こされるのは、まだいい。むしろ、あれは普通に嬉しい。朝、ふわりと髪を撫でられて、柔らかい声で名前を呼ばれる。
「マナ、朝よ。起きられる?」
目を開けると、すぐ近くにルティアの顔があって、穏やかに微笑んでいる。その顔を見ると、寝起きのぼんやりした頭でも「あぁ、今日も一日が始まるんだな」と思える。
ここまでは、本当にいい。問題は、その後だ。私がベッドから降りようとした瞬間。
「……あっ」
気づいた時には、もう抱き上げられている。
ふわりと体が浮いて、次の瞬間にはルティアの腕の中。いわゆる、お姫様抱っこである。
「え、えっ!? ルティア様!?」
「危ないわ、床があるもの」
床があるのは普通では?
「マナが歩く床が憎い」
意味が分からない。
「どうしてですか!?」
「だって、マナの足に触れるでしょう?」
それは床の役割だからだと思う。
「もし転んだらどうするの?」
「転びませんよ!?」
「でも可能性はあるわ」
そう言って、ルティアは当然のように私を抱えたまま歩き出した。……ちなみに、この時のルティアはすごく満足そうだった。どんな感情なのか、私にはまったく理解できない。
そして、次に訪れるのが着替えの時間だ。私は普通にメイド服を取って着替えようとした。その瞬間。
「だめ」
すっと手を止められた。
「え?」
「私がやるわ」
「いえ、できます」
「知ってる」
「じゃあどうして止めるんですか!?」
「マナが苦労をするから」
あまりにも堂々とした理由だった。そして、そのまま服を脱がされ――
「る、ルティア様!? 自分で着替えられます!」
「大丈夫、任せて」
「任せる必要がないんです!」
「ほら、腕を上げて」
「わっ……!」
結局、私はなすがままになった。恥ずかしいと言っても、全然聞いてくれない。むしろ。
「可愛い」
とか言われる。なんで着替えさせられているだけで可愛いと言われるのか分からない。
そして、食事の時もお世話は加速する。
「マナ、口を開けて」
「……自分で食べます」
「だめ」
即答だった。
「どうしてですか!?」
「疲れるでしょう?」
「食べるくらいで疲れません!」
だけど、私の主張はすべて却下された。
結果、私は椅子に座っているだけ。目の前の料理は全部、ルティアが切って、運んでくる。
「あーん」
「……あーん」
もう抵抗する元気もない。しかも、私が食事を噛んでいるのを見て、
「大きすぎたかしら」
と言いながら、料理をさらに細かく刻み始めた。気づいたら、皿の上の料理はとても小さくなっていた。
小さいというか。細かい。ものすごく細かい。
「これなら噛むのも楽ね」
満足そうだった。私はそれを見て思う。……なんだろう、この状況。なんというか。すごく既視感がある。
しばらく考えて、やっと分かった。赤ちゃん。今の私は、たぶん赤ちゃんに近い扱いをされている。
歩かなくていい。着替えなくていい。食べなくていい。全部、ルティアがやる。私はただ、ここにいるだけ。
……いや、待って。さすがにそれはまずいのでは? そう思って、勇気を出して言った。
「ルティア様」
「なあに?」
「私、もう少し自分で――」
言い終わる前に、頬を優しく撫でられた。
「いいの。マナは何もしなくていいわ。マナが生きているだけでいいの。生きるために必要なことは全部私がやるわ」
「あの、それだと私の存在意義が……」
「マナの存在意義は私の隣にいること。それで十分なの」
隣にいるだけが存在意義? 流石にそれは飛躍しすぎなんじゃないだろうか?
「マナも楽だったでしょう?」
「えっと……まぁ……」
「だったら、このままでいいの。マナは何もしなくてもいい。苦労は全部私が背負うから」
そう言って、優しく頭を撫でられる。その心地よさにそんな人生も悪くない。そう、心が傾きだしたが、寸前のところで思いとどまる。
いやいや、それは生きているとは言わない。自分の意思で行動出来ないなんて、生きているとは言わない。
でも、私のお世話をしていた時のルティアは幸せそうだった。まるで、それが生きる糧とでも言わんばかりに。
ルティアが幸せならそれでいい? だって、私はルティアに尽くすためにここにいるんだから。だったら、ルティアの好きなように……。
いや、ダメ。私も何かしてあげたいんだ。何か、特別なことを……。
「はい、マナ。あーん、して」
だけど、ルティアにお世話をされるのが心地よくなっていっているような……。こ、こんなんじゃだめなのに! 絆されてはダメだ!




