30.次は絶対に
ぐったりとベッドの上に横たわる。今も舐められた感触が肌に残っていて、体が熱い。
「ふふっ、マナは癒やされた?」
そんな私をルティアが大かぶさって見下ろしてくる。嬉しそうに笑っていて、曇っている形跡はない。だったら、それでいい。私がどうなろうとも、ルティアが笑ってくれれば。
「……はい」
「じゃあ、次はどんなことをしましょうか」
その言葉を聞いて、ドキリとした。また、何かが始まるのか。緊張しながら待っていると、扉をノックされた。そこからメイドが現れる。
「ルティア様、夕食の時間でございます」
「あら、もうそんな時間? でも、まだやることが……」
「ル、ルティア様! 私もお腹が減りました。ここは、それぞれで夕食を取るということでどうでしょうか?」
「マナがそういうなら、そうしようかしら。でも、マナは私と一緒にね」
どうにか、癒しの時間を終わらせることが出来た。まだ、一緒にいることにはなるけれど、癒しの時間に比べればマシだ。
普通に傍にいられるだけで十分だから、少し距離が空いていた方が安心する。
そうして部屋に食事が運び込まれ、ルティアの食事が始まった。私も隣の席に座られて、豪華な食事を食べさせられる。
私の世話を焼いている時はいつものルティアで、とても心が和む。本当にこういうのだけでいい。先ほどのような触れ合いは心臓に悪い。
それからお風呂の世話をして、スキンケアのお世話をした。ここまでは、いつも通りで安心した。
それでようやくお世話が終わる。そう思っていたのだが――。
「マナは私と一緒に、ね?」
当然のようにそう言われた。流石にそれは、と遠慮しようとしていたが、他のメイドがそれを肯定するように頷いた。
えっ、と驚いている隙に私まで着替えさせられた。その時、メイドに言われた。
「まだ、心が不安定だと思うから、一緒にいて差し上げて」
と。そう言われてしまえば、私は首を縦に振るしかなかった。そうして、用意が終わるとメイドは部屋から退散し、ルティアと私だけになった。
「ほら、マナ。おいで」
ベッドの上で手を広げてルティアが待つ。ここまで来たなら、覚悟を決めるしかない。私はそっとベッドの上に乗った。
すると、すぐにルティアに抱き寄せられる。
「今日は公務に連れまわして、ごめんなさい。マナにいらない苦労をかけたわ。疲れたでしょう?」
「いえ、大丈夫です。ルティアの苦労が知れて、とても良かったです」
「そんな、強がり言わなくてもいいのよ。私でも大変だったのだから、付き添いだけでも大変なはず」
大変だったが、そこまでの苦労じゃない。素直に伝えたが、ルティアは首を横に振った。どうしたら、私の気持ちが伝わるんだろうか。
「やっぱり、マナを連れていって苦労をかけるのは……。でも、傍にいられないのは辛い……。だから、マナに大変な思いをさせるのは違うと思う。そうすると、離れなくちゃいけない……」
私の頭を撫でながら、自問自答を繰り返す。その姿は痛々しくて見ていられない。ルティアにはただ笑っていてほしいのに、ずっと自分を責め続けてしまう。
それもこれも、私が曇らせてしまったから。ルティアの事を知らずに、ただ守ればいいと思っていたから。浅はかな自分を呪いたい。
このルティアを救うには、やはり暗殺者をどうにかしないと。私が暗殺者からルティアを守らないとダメだ。そうじゃないと、本当の笑顔は戻らない。
「ルティア様の辛い気持ち、私が絶対になくしてみせます。安心して過ごせるように、今度こそ暗殺者から守ります」
その時、ルティアの手が止まった。そして、震えだす。
「でも、安心してください。今度は絶対に死にません」
「……ダメよ。また暗殺者と対峙だなんて。また、マナが死んでしまう」
ルティアの声は震えていた。まるで、あの光景を今も見続けているみたいに。
「私は死にません。絶対に生きて、ルティア様を守ります。だから……普通に笑ってください。それが、私の願いです」
そう言って、そっと体を離す。そして、精一杯の笑顔で訴えた。
ルティアが苦しまない日常こそが、私にとっての救いだ。だから、笑っていてほしい。
そう強く願ったのに。ルティアの顔が、ゆっくりと歪んでいく。今にも泣き出しそうで、叫び出しそうで、胸の奥に溜め込んだものが今にも溢れそうな表情だった。
どうやって宥めればいいのだろう。どうすれば、この苦しみを軽く出来るのだろう。
そう考えていた、その時。ふっと。ルティアの表情が、突然消えた。まるで感情を切り落としたみたいに。
「……いいえ。次こそは、絶対に私がマナを死なせない」
静かな声だった。けれど、その瞳はさっきまでとはまるで違う。暗く、冷えきっているのに――その奥には、燃えるような決意が宿っていた。
「私が甘かったわ。それは、私がマナに頼っていた証拠。守ってもらうことに慣れてしまっていたの」
ゆっくりと顔を上げる。
「だから、今度は違う。私は私の力でマナを守る。絶対に、死なせない」
「で、でも……ルティア様には戦う力が……」
思わず言うと、ルティアは小さく首を振った。
「確かに、私は剣も魔法も強くないわ。でも、私には王女の力がある。それを、存分に使うの」
その瞬間、背筋がぞくりとした。
「使えるものは、全部使う。兵も、騎士も、情報も、権力も。すべて動かして、暗殺者を捕まえる」
さっきまで、暗殺者に怯えていたルティアはもういない。そこにいるのは――暗殺者を狩るために、冷徹な決意を固めた王女だった。
「だから、マナは何もしなくていい。マナを二度と傷つけさせないから」
その言葉は、誓いみたいに重かった。撫でる手はひどく優しいのに、その目は冷たく闇に沈んでいた。




